2017年9月30日 (土)

現実逃避のプチ「中毒」

夏休み中に会議があって、大学に行った。隣りに座った若い同僚が、「あー、家で論文書いていても、一行書いては、立ち上がり、別のことをして。また机に戻って、一行書いては立ち上がり、他の用事したり、家事をしたり。全然すすまないんですよねぇ。そのかわり、家は妙に片付いて。」と嘆くのを聞いて、「それは、私のことを言っているの!?」と激しく同意してしまった。

夏休みは時間をかけて、ゆっくりと論文に向うことができる時期。他の用事は入れず、一日中家にいて、ひたすら論文執筆に取り組む。そう、ひたすら論文を執筆するのです! と、気合だけは十分なのだけど、これがまぁ、ぜんぜん進まない。

1行書いては消し、消しては書き。黙考。熟考。・・・と言えば、聞こえはいいけれど、結局大して考えも深まらないまま、どうしたものかと考え込み、「あ、コーヒーでもいれよ」と、台所へ行く。

台所へ行くと、キッチンまわりのかたづけをしたり、新聞を読んだり。

で、コーヒーをもってパソコンの前に戻ってきて、また初めから読み直しては、書き直し、書き直しては消し、消しては考え。

気が散りはじめる。ⓔのアイコンをクリックして、メールをチェックする。何もない。そりゃそうだ、さっきパソコンに戻ってきた時に見たばかりだから! ネットサーフィンが始まる。あー、いかん、いかん!

エクスプローラーの右上の×を押して、二度と開かないことを誓い、ワードの画面に戻る。

さらっ、さらっ、さらさらっ、と4行ほど書く。ふー、疲れた。

今度は手元のスマホを見る。スマホの画面はパソコンでエクスプローラーを立ち上げるより、ずっと抵抗が小さい。画面が小さい、ということと、ボタン一つで画面を消せる、ということからでしょうか、パソコンのネットより、罪悪感も3割ほど減。

スマホのボタンを押して、【メルカリ】のアイコンをタッチする。キーワード <プリマヴィスタ> のところをタッチ。ずらずらずらっと並ぶ化粧品の小さな写真に見入る。一画面で12個ほど。上にスクロールして、順番に出品物を見ていく。さっき見た化粧品のあたりで、やめる。

ついさっき、やはり気が散った時点でみた画面にアップされていた出品物から、すでに12個以上が出品されていることになる。めぼしいものがないと、ボタンを押して画面を閉じる。

そう、ちょっとした現実(論文)逃避にはまっているのは、【メルカリ】チェックです。

夏休みの読書感想文が出品されているとか、コンピュータウィルスが売られていた、とか、何かと話題になっているフリマ・アプリ。まぁ、なにごとも、「そんなに話題になってるなら」と試してみるのがよかろうと、ダウンロードしてみました。

特に買うものもないなぁ、と眺めていましたが、ふと自分が使っている化粧品を検索してみると、まぁ、なんと、使いかけのものから新品まで、しかも新品でも値段の安いものがそろっているではありませんか。

<50代の肌のために>、<ー5才肌> という宣伝文句を頼りに愛用している「プリマヴィスタ ディア」シリーズ。ファンデーションのレフィルは、定価2800円、税込みで3024円。

それが、メルカリでは、新品が、送料込みで2500円くらいで出品されている。なんでそんなに安くなるの!? と思いながらも、ちょうどなくなりかけていたので、【購入】ボタンを押す。あとは、郵送されるのを待つばかり。

出品者とのコメントのやりとりがあったり、最後に【受け取り】の評価ボタンを押すなどの手間はあるが、それも「お店の人とレジでのやりとり」程度なので、面倒どころか、ちょっと楽しい。ヤフオクのように、落札されるまでの時間を待たなくてもいいし、送料をプラスして代金を振込んだり、住所をお知らせする手間もいらない。それにスマホの画面で、というのが手軽な感じ。確かによくできている。

それにしても、定価2800円の新品、2500円で出品した人は、メルカリに250円とられて、送料120円負担して、差し引き2130円の売り上げ、ということになるが、それでも元がとれるのか。あのファンデーションは、どこかで2000円くらいで卸されているということなのか?

「買ってみたけど、肌に合わなくて」というのなら1500円くらいで出ていたりする。お店で「テスター」として使われていたものが出ていたりもするけど、販売員が処分をまかされているということか? 「お客さんに買ってもらったものを出品します」というコメントを読みながら、一体どういう「お客さん」で、そのお客さんになぜ、ファンデーションのレフィルを買ってもらうのか? など、疑問は尽きない。

化粧品流通の謎を考えつつも、さらに安い新品が出品されると、目を見張る。あー、2350円で出てる! しかも未開封の新品! めったに出ない値段。あー、この前、2500円で買ったばかりだけど、またすぐなくなるから、買っておこう。【購入】ポチッ。

ところが、そういうお安い品は出品が少ない。少ない上に、出品されたらすぐに売れる。何分前に出品されたかが表示されるので、「えっ、たった8分前に出品されたばかりなのに、もう【SOLD】!?」と驚くことになる。

狙いの「プリマヴィスタ ディア オークル3」の新品未開封レフィルが、2000円で出ていたことがあった。もちろん、見た時にはすでに【SOLD】。14分くらい前だったので、「地団太を踏んで悔しがった」と描写したいくらいの出来事だった。なんで2000円で!? と分析する。見たところ、たぶん、相場をよく観察せず、とりあえず処分したいものを売り切りたい系、と推察。そういう掘り出し物はめったに出ない。

というようなことを、論文執筆に行き詰まり、疲れ、あるいは2、3行書いたあとに、ふとスマホを手に取り、メルカリを開いて、観察するのであります。

だって、マメにチェックしないと、すぐ誰かに買われちゃうから!

こういう倒錯こそが「中毒」の始まりであります。しかも、進まない論文の間隙を埋める絶好の慰めでもあります。

お値打ち品が、見た時にすでに【SOLD】になっている。これがツボなんでしょうね、きっと。

だから、お目当て品が、2222円で出品されているのを見た時は、もうすでに2つもレフィルを手に入れているのに、【購入】ボタンを押さずにいられなくなるのは、やっぱりどう考えても「中毒」ですね。

プリマヴィスタ シリーズには、かわいいコンパクトもあります。白い味気ないコンパクトを使っていた私は、こんなかわいいコンパクトがあるなんて、知らなかった!【購入】ポチッ。 わー、こんなのもあるんだぁ!【購入】ポチッ。 

わー、これもかわいい! しかも、これって、今までにない安さ!【購入】 わー、化粧下地も安い!【購入】 わーい、値下げ交渉したら、150円安くしてくれたぁ~!【購入】

こうして、私の夏休みは、メルカリ中毒のあげくに集まった「戦利品」(下図参照)と、苦労して書き上げた論文1本を残して、本日、終わりとなりました。

たぶん、明日からは「現実逃避」もなくなるので、「中毒」症状も抜けると思います、たぶん。

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(下図) レフィルは箱入りで送ってもらったものが2つ、箱なしのが2つ。コンパクトは3つ! もう、当分買いません!(反省をこめて)

2017年8月31日 (木)

娘、「フーテンの寅」説

毎週土曜日の夕方に、BSジャパンで映画『男はつらいよ』シリーズをやっている。気が向いた時に見ているが、いつの頃からか、かなりはまっている。

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渥美清演じるフーテンの寅さんが巻き起こす人情劇は、超絶ワンパターンのお話で、寅さんが故郷の柴又にふらっと帰ってきては、妹さくらをはじめとする「とらや」の人々と、泣き笑いのドタバタ劇を繰り広げるが、そのワンパターンぶりに、はまってしまう。

毎回毎回、よくも「とらや」の人々は、寅さんのことを心配したり、心から喜んでやったり、悲しんでやったり、寅さんに翻弄されたりするものだ、と感心する。

どんなに、寅さんに迷惑をかけられても、いつの間にか寅さんを許し、寅さんのために何かしら手助けしてやることになる。そして、寅さんが再び旅に出ていく時は、「今度いつ帰ってくるのか」と、これまた心から心配してやっている。

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何作も見ているうちに、自分が、パッとしない日常を地道に生きている「とらや」の人々の立場に立って見ていることに気づく。彼らに強く共感しながら、寅さんの不器用な放浪人生を、ハラハラと応援しながら眺めているのだ。

寅さんだって、妹のさくらのことは大好きなはずなのに、どうしてすぐに、喧嘩ごしのものの言い方になってしまうのか。どうして、何かといえば、おいちゃんやおばちゃんと言い合いになってしまうのか。どうして、「とらや」で落ち着いて、仲良く暮らせないのか。

そうかと思えば、寅さんは、縁もゆかりもない、というか、「袖振り合うも多生の縁」とばかりに、出会った他人に優しくする。惚れた「マドンナ」だけでなく、困っている人を助けてやったり、孤独な人と一緒にいて和ませてやったりする。

家族とは長く一緒にいられず、偶然に出会った人と一時的な縁を結ぶ。

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それが寅さんなんだなぁ。そういうもんかも知れないなぁ。家族には優しくできなくても、他人には優しくすることができる。家族からは厄介者扱いされても、他人からは頼りにされたりする。

そういう人っているよなぁ、と思ったら、ふと、それって、うちの娘のことではないか、と思い至った。

まだ小6の娘なので、テキ屋をやっているわけでも、ふらっと旅に出るわけでもないが、家族と一緒にいたがらず、他人に寄って行きたがるというところが、重なって見える。最近は、娘に口うるさく注意することが多くなって、家族とは「喧嘩ごし」の物の言い方が増えたが、あかの他人とは、もしかしたら、仲良くやっているのかもしれない、と思った。

だいたい、昔から、親とじっと一緒にいることのできない娘だった。歩くことができるようになって、スーパーに買い物に連れて行くようになった時から、すきさえあれば、親から離れて一人でうろうろしようとした。

そして、たいてい、よそのお客さんか、店員さんのところに寄っていくのだ。

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upwardright 4歳のころ。スーパーで、「見当たらないな」と思ったら、よそのお客さんのところに寄っていっている、図。

downwardright これまた、4歳のころ。おもちゃのベビーカーを買ってもらって「マイブーム」だったころ。ショッピングモールにて。

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この時は、ショッピングモール内のあちこちの店に行ってしまい、すぐに見当たらなくなった。

しばらく探しても見当たらず、「まさか、誘拐されたのでは!?」と真剣に心配した時の、あの「血の気の引く思い」は今でも鮮明に覚えている。あれ以来、「誘拐されたのではないか!?」と疑うことは一度もない。必ずどこかにいる、と思うようになった。

小さい頃は、「じっとしていられないのも仕方ないか」と思っていたが、大きくなるにつれ、ますますその傾向は強くなる一方。

そして今夏、家族旅行で乗った近鉄特急@伊勢志摩行 の2時間半の電車の中でも、ほとんど一緒に座席に座っていることはなかった。

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upwardright 乗った瞬間に撮った記念写真@近鉄特急

この後、駅弁を食べている間はここにいたが、その後、行方知れず。

車内をうろうろし、トイレに行ったり、戻ってきてジュースを飲んだり、空いている席に座りに行ったり、愛想よく相手してくれる人のところで過ごしたり。

これまでの家族旅行はすべて車でしたが、もう列車旅行でも大丈夫かと思っての今回の初挑戦。大丈夫だったといえば大丈夫だったが、普通でないといえば普通でないことが、白日のもとにさらされた結果となりました。

万事がこの調子でしたから、旅行中に七海に言うことの大半は、注意と警告、諭しと脅し。それに、禁止とわずかばかりの許可。旅情を分かち合うなどということはかなわず、徒労感ばかりがつもる旅となりました。

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upwardright とはいえ、伊勢志摩の旅行は、それなりに楽しみましたが。
昨年、伊勢志摩サミットが行われたホテルのレストラン。
「ここに本当に首脳たちが座っていたの!?」と、最後まで半信半疑でしたが。

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七海が1歳になる前ごろからミルクを飲まなくなり、鼻からチューブでミルクと栄養剤を流し込んで大きくした頃の「普通でないといえば普通でない」状態を、「摂食障害」と名付けてみると、自分なりに理解できて、気持ちが楽になりました。

なので今回は、この「普通でないといえば普通でない」状態を、「注意欠陥多動性障害」と名付けてみました。そうすると、自分なりに理解できて、腑に落ちた気持ちにはなりました。

腑には落ちましたが、どう対処していけばいいのか悩むところではあります。

そもそも、こんな状態を放置しておいたら、いつか悪い人に連れて行かれたりするんじゃないかと心配は尽きませんが、「知らない人には絶対について行っちゃだめよ!」 ー
「はい、絶対についていきません!」という、何十回となく繰り返されたやりとりを続けるくらいしか、今のところ対処の方法が分かりません。

まぁ、そんな時に、『男はつらいよ』を見ていて、「あー、うちの娘は寅さんなんだ」と思い至ったわけです。

寅さんが、たまたま縁を結ぶ人と親しくなり、慕われ、頼りにされることがあるように、七海もきっと、家族以外の「よそ様」の世話になったり、かわいがられたりして生きていくんだろうなぁ、と、少しの希望を見出した次第です。

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downwardleft 別のある時は、思いもかけずに、ホワイトタイガー@ニフレルを見かけて、こちらは大コーフンだったのに、

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downwardleft 七海は、その檻の前で、ホワイトタイガーには大して興味も示さず、飼育員さんに話しかけることに夢中でありました。

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七海の夏休みは、こうして終わっていきましたとさ。

2017年7月30日 (日)

七海 12歳

「この子が生れて、もう12年!」
と、1年ずつ加えながら、毎年、新鮮に驚いています。

典型的日本人の性として、この子にできない事や、足りない事ばかりに気を取られ、無事に12年間、よくぞここまで大きくなってくれました! という感謝を忘れそうになる。

1年に1回、その誕生日を祝うということは、そのことを改めて思い起こして、無事にここまで成長し、生きていてくれることに、ただただ感謝する、という日なのかもしれない。

「あー、こんな漢字も読めない」、「あー、こんな計算もできない」と嘆くのはやめて、「ひらがなが全部書けるようになったなぁ」、「一人で学校から家まで帰れるようになったなぁ」と、できるようになったことを数えて、感謝する日なのかもしれない。
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upwardright 「LOVE注入! なのです」

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12歳のお誕生日には、バーバに買ってもらったワンピースを着て、近所の創作料理屋さんでディナー。

downwardright 「創作ケーキ」的なバースデーケーキでお祝い。すでに満腹だったので、大人の分はお持ち帰りにしたが、七海は自分の分を完食。
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「あー、おなかいっぱい!」と言って、頭の後ろで手を組んで伸びをする七海を見て、「あー、赤ちゃんの時も、そんな恰好してたねぇ」というと、七海はなんだか嫌な顔をしていた。自分が覚えていない自分のことを、物知り顔に言われるのが、嫌だったのでしょう。

家に帰ってから、どんな恰好だったかと思って、写真を探してみた。

downwardright たぶん、これ。
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まだ母子センターに入院中の、生後一か月の姿。まぁ、「頭の後ろで手を組んで」いたわけではないのですが、こういう姿が目に焼き付いている親としては、やはりこの12年は、月並みな表現ですが、「あっという間」だったということになります。

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大学の夏祭りにて

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七海:「大学に行くと、おねえさんたちがやさしくしてくれるから好き」

2017年6月30日 (金)

大学教育に関する考察 (という名の、ある日の衝撃体験メモ)

今週初めの新聞の書評欄に、『未来の学校:テスト教育は限界か』という本が紹介されていた。 → その書評のさわり

書評を読んだだけで、その内容がほとんど分かってしまうのは、書評の文章がすぐれている、プラス、まぁ、当然と言えば当然の内容だからである。

著者はアメリカ人なので、アメリカのことが書かれているが、これはそのまま日本にもあてはまる。

一言で言うと、「重要なのは、知識の集積ではなく、思考力だ!」という主張です。

「現場で直接、思考力を働かせて課題を解決する能力が求められる」時代だからです。まぁ、産業界からの要請ですね。

この本の最初には、企業経営者たちへのインタビューが載っているらしく、これからの「知識経済」に求められる働き手の資質として、

「的を射た質問をする能力」
「相手の目を見て対等に議論できる能力」
「他人と強調しながら仕事を成し遂げる能力」が重要と言う。

「暗記ではなく、論理的に考え分析する能力」が大事なのです、と力説されている。

しかし、アメリカの学校教育をみると、「とくに公立学校は、知識の獲得を依然として主目的とし、その達成度を筆記試験でチェックする従来型から脱却できていない」ということらしい。あら、アメリカも日本と同じようなものなのね、と思う。

日本も、「知識の獲得」重視から、「思考力」重視へのシフトに躍起で、それは、4年後に大学入試を、「センター試験」から「思考力重視の試験」に移行しようという改革にも表れている。

新しい入試が、一体どういうものになるかは「見もの」ですが、まぁ、それくらい「知識の集積より思考力が大事!」というのが、浸透しつつあるということです。

となると、大学の授業でも、「知識の獲得を主目的とするのではなく、思考力を養うような授業を!」というプレッシャーがひたひたと押し寄せてくるわけで、「知識の伝達」を主目的とするような授業をしている私としては、「このような授業をしていて、いいのだろうか」と、疑問を抱くようになる。

卒論執筆を目的とするようなゼミは、まだいい。学生が自主的にテーマを決めて調べ、発表し、論文に仕上げる。 「思考力の涵養」を謳う本書でも、お勧めの授業形態である。

語学の授業も、まだいい。語学の「知識の獲得」を目的としているので、文法を説明し、単語を覚えさせ、練習問題を解かせて、語学力を身につけさせる。テストも、知識獲得の達成度をはかるバリバリの筆記試験で十分である。

問題は、講義科目の授業です。アフリカ言語学概論。こういった授業の目的をどのへんに定めたらいいのかが、悩みどころです。

アフリカの言語について講義する。 アフリカにはねぇ、こんな言語があってねぇ、こんな系統に分かれていてねぇ・・・。 ここの国ではこんな言語があって、あっちの国ではこんな公用語があって・・・。 こんな風に言語が使われていてねぇ。 こんな言語現象があってねぇ・・・。

しばらくすると、あちらこちらで、居眠りする姿が見受けられる。うぬぬ。

スマホをいじっている学生には、「スマホしまってください!」と注意するが、居眠りしている学生を起こすのは、ためらわれる。すみません、眠いよね、大して興味もない話、聞いてるだけじゃ眠くなるよね。眠くさせている私が悪いんです、という気分になる。

というわけで、少しでも眠気を誘わないような授業を、と思うのだけれど、これが難しい。ゼミのように毎回、発表やディスカッションができればいいのだけど、それだけでは講義の授業は回らず、どうしても「講義する」部分が必要になる。

そりゃぁ、いろんな講義の仕方がありましょう。すばらしく準備されたスライドに、映像や音響を伴ったスペクタクルな講義。熱意あふれる話術に知的好奇心が刺激され、ワクワクと耳を傾けたくなるような講義。

そんな講義ができない場合は、どうすればいいのでしょうか。こういう時に、「知識の獲得」を目的とする授業は便利です。 「はい、ここ、テストに出まーす」といえば、目をぱっちりと開けて、注目してくれる。いっそ、レポート課題をやめて、講義内容をテストする方法にするか? うーん、それだと、いつまでたっても、「知識の獲得を主目的とする授業」から脱却できないしなぁ。

まぁ、このように悶々としながら、まいど講義の授業を行っているわけですが、せめて、手でも動かしながら授業を聞けば、眠気を防げるのではないか、と考えてみる。

講義の内容を全部ノートに書き取る、という、なんだか明治時代的な講義風景は、望むべくもないが、少しでも書く作業を伴うようにと、資料のプリントを穴埋め式のものにして配布し、講義をする。

はい、ここ、official language 「公用語」ですね。セネガルの公用語は、はい、フランス語ですね。「フランス語」と入れておいてくださーい。広く話されている言語は、ウォロフ語。はい、「ウォロフ語」と書いておいてくださーい。何語族ですか? そう、「ニジェール・コンゴ語族」ですね。その中の? はい、そうです、「大西洋語派」に属しますね。「大西洋語派」と入れておいてくださーい。

うーん、結局、「知識の獲得」が主目的になってるなぁ、と思いながら授業をしていると、プリントに突っ伏して寝ている学生、発見。

寝ている子を起こすのは忍びないが、この場合、起こした後にやらせる作業があるので、起こしやい。近づいていって、肩を叩き、「はい、起きて。 はい、ここに書いてください、ここ。 ここ、ウォロフ語、ね。」とプリントを指さす。

すると、だるそうに起きた学生は、「書きたくありません」と言った。へっ!?

「こういう意味のないこと覚えるの、いやなんです。やる気になりません」

「意味ないって・・・。アフリカ言語学の授業だから、どこでどんな言語が話されているとか、どんな系統だとか、そういうのは一応覚えておいてもらわないと」

「そういう記号みたいなのを覚えるのが、苦痛なんです」

「苦痛って・・・。でも、中学や高校の授業って、こういう暗記みたいなことをする授業だらけだったんじゃないの?」

「はい、だから苦痛でした。興味のない、記号みたいなのを覚えるようなことは全部避けてきました」

「避けてきました、って、それじゃ、単位とか取れないんじゃない!?」

「だから、取らなくていい授業は取らなかったです」

そう言って再びプリントの上に突っ伏した学生に、私は言う言葉が見つかりませんでした。

わーおっ、もしかしてこれは、「知識の獲得より思考力の涵養をめざせ!」教育の完成形!?

常日頃からの 「この授業、思考力を養うというよりは、知識の集積に重きをおいてるなぁ~。どうしたらいいのかなぁ~」 という私の迷いの間隙を突かれた、衝撃の体験でありました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

はい、今日の講義のまとめでーす。

1.時代は、「知識の集積」よりも、「思考力の涵養」を求めている。

2.「思考力の涵養」に資する授業とは、どのような授業なんですか!? と教員たちは日々、自問している(と思う)。ゼミみたいな授業ばっかりも、できないし。

3.「ここ、テストに出まーす」というのは、興味のない授業を聞いている学生を引き付ける、有効的で安価な武器なのでした、実は。

4.その「武器」なくして戦うには、私はあまりにも旧態然とした授業しか知らず、日々悶々としながら、授業を続けるのでありました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

【イメージ図】 

<グループワークをおこないながら、活発に議論する学生たち>

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「こうして、思考力は養われるのでありました」 みたいな!?

2017年5月31日 (水)

七海 七海

先日、テレビで 『新婚さん、いらっしゃい』 を見ていると、出演者の新婚夫婦の苗字に目が釘付け!

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七海さん!

ということは、七海がもし「七海家」の人と結婚したら、「七海 七海」に!

と、夫婦別姓推奨者である自分は棚にあがって、大いに盛り上がった。

こういうケースをたまに目にして、一人で喜んでいる。

1985年の阪神優勝時のメンバーである真弓明信選手。真弓家に真弓さんが嫁いだらどうなるのだろうか。

それから、タレントで 『ひるおび』 の司会をやっている恵俊彰さん。恵家に恵さんが嫁ぐ場合、やっぱり夫婦別姓をつらぬくしかないのではないだろうか。あるいは氏名欄に書く時は 「恵めぐみ」 と書くとか。なんか、横に振り仮名書いていると間違われないだろうか、と全く要らない心配をしたりする。

そういえば、今教えている男子学生に「澤」くんというのがいて、女子学生に first name が「佐和」さんというのがいるが、この場合、字で書く分には問題ないように見える。いや、この二人は、たぶん知り合いでさえないのだけど。

女子の名前にばかり気を取られるのは、やはり 「結婚して苗字が変わる」 という因習にとらわれているせいである。 それでは、男子の名前ではどうだろうか?

と、これがなかなか思いつかないなぁ、と思っていたら、ちょうど!

おとといのNHK 『プロフェッショナル』 で、動物写真家の岩合光昭さんが出ていたのだけど、お父上の名前がなんと、岩合徳光さんというではないか!

うーん、あるんだなぁ。男子が婿入りする場合の心配もしないといけないなぁ。

でも、「徳光 徳光」って、子役だった兄弟タレントの「前田 前田」みたいになるなぁ。いや、「徳光 徳光」の場合は、叔父と甥がコンビでも組んだのか!? って思われかねないよね。

って、思わないか。

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ということで、最近の 「七海 七海」 の近影~

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upwardright ゴールデンウイークに行った奈良県天川村洞川にある龍泉寺にて。

6年生になり、「最高学年やから!」という自覚だけは満々で、下級生のお世話係などをしているらしいが、まだまだ世話のかかる6年生ではある。

「いえいえ、下を見ればキリがないですから、上を向いて、向いて!」

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「その下は、下すぎるやん!」というここは、地上300mの「あべのハルカス」展望台。大人1500円。一生に一回行けば、もう十分ですね。

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七海の母親は、ようやく悪運を脱して、3年ぶりにアフリカ学会に参加しました。今年は、長野市の信州大学教育学部で。信州長野といえば、牛に引かれて善光寺。

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upwardright 善光寺の表参道にて、スワヒリ語専攻の「かしまし娘」揃踏み。いつまでも「娘」を名乗り続ける所存です、わたしたち!

善光寺の表参道は、とてもいい感じのお店が並んでいるのですが、

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最近、あちこちのショッピングモールでよく見かけるようになった「久世福商店」がありました!

万能だしとか味噌商品とか、ちょっとおしゃれな感じにした和食食材や調味料なんかが売ってあって、先日も大阪の「ららぽーとEXPOCITY」店で買い物したばかりでした。

で、中に入って話していると、ぬぁんと、ここ善光寺大門店が「本店」というではありませんか!

急にテンションがあがっちゃって、いろいろと試食させてもらった挙句に、「ふき味噌」と「青唐辛子味噌」を二瓶買いました。

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「お買い上げ、ありがとうございました」

でも、わざわざ長野県から買って帰らなくてもよかったんじゃないの!? と、帰路で「荷物、重いなぁ」と思いながら、恨めしく思ったことでありました。

久世福商店 善光寺大門本店 

(↑宣伝するわけじゃないですが、ご参考までに、ということで)

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