2017年11月30日 (木)

映画『トゥンブクトゥ』とアメリカナイズド・ジャパニーズ

今年からバンバラ語の授業をやっている。

「西アフリカ諸語演習」という授業科目で、これまでヨルバ語をやってきた。しかし10年間、同じテキストで、「こんにちわ - こんにちわ」、「お元気ですか - はい、元気です」、「お父さんは元気ですか - はい、元気です」という会話を繰り返し続け、ついに飽きた。

それで、今年は意を決して、ナイジェリアのヨルバ語を離れ、西進して、マリのバンバラ語をやることにした。

4年ほど前から独習し始め、自分自身もまだ、初習者の域を出ていないが、ちょうど音声つき会話テキストが手に入ったので、それで一緒に勉強する、というスタイルの授業を始めた。

「一緒に勉強する」というスタイルなので、大変フリー、というか、フランク。それで、受講生の提案で、『トゥンブクトゥ』という映画を、授業で観ることになった。

原題 『Timbuktu』 邦題『禁じられた歌声』
(2014年 フランス・モーリタニア映画)

Poster2

マリの古都トゥンブクトゥが舞台で、イスラム過激派が町を占拠し、歌も禁止、サッカーも禁止と、人々を抑圧的に支配していく話。公開処刑の実話に触発されて作られた映画だそうで、フランスの名だたる映画賞をとっている名作。

主人公たちは「トゥアレグ」という名で知られる砂漠の民で、タマシェク語(アフロアジア語族、ベルベル語群)を話している。過激派はアラビア語やフランス語、時に片言の英語を話している。

トゥンブクトゥの町で商いをする女性はバンバラ語を話し、また、夜に聞こえる歌声もバンバラ語である。

というこの事実のみで、バンバラ語の授業で鑑賞するにふさわしい映画といえましょう。ただ、聞きとれたバンバラ語が 「ne fa so」(我が祖国)と、「jege」(魚)だけというところが、何とも悲しいところではありますが・・・。

名前はよく知っているけど未だ見ぬ町トゥンブクトゥ。その町なみや人々の様子を垣間見ることができ、また、川や砂漠の風景を撮った映像が美しい。青年たちがボールのない「エアーサッカー」に興じる姿は、まさに「叙事詩的」であり、胸を突かれる。

モーリタニア出身でマリにも住んでいたことがある仏在住の監督が撮った映画であり、取り上げられているテーマといい、映像の美しさといい、確かに称賛に値する映画である。

が、しかし。

観終わったあとに、「え、もう、おわり?」、「え、どういうこと?」、「え、あれは誰?」、「え、なんで死んだん?」の、「?」の嵐。

最後のところを巻き戻して見直しても、「だから、あれは、誰やったん?」、「え、何しようとしたん?」という疑問は解消されない。エンドロールが流れたので、止めて終わろうとしたら、「あっ、もしかしたら、エンドロールのあとに、まだちょっと続くんじゃないですか? よくあるドラマみたいに」と言うので、期待して最後まで見たが、それは虚しい作業に終わりました。

つまり、全体的には、「イスラム過激派による理不尽な支配」、「抑圧される人々」というテーマと、美しい映像がちりばめられていて、雰囲気的にはよい映画なんですが、細かい話の筋が見えない。というか、分かりづらい。

映画をみながら話の筋を追い、起承転結を見出そうとし、最後にクライマックスと感動、あるいは衝撃、あるいはカタルシスを求めてしまうのは、そういう映画にどっぷりとつかってきた「さが」でしょうか。

いわゆる、ハリウッド映画的な?

いや、起承転結のない、淡々とした映画でも、どこかに強く感動する場面があれば、カタルシスが得られて納得して見終わるので、少しでも「気持ちを揺さぶってくれ!」みたいな?

お話の筋がはっきりしていて、最後に感動が待っている。そういった映画を無意識に求めているような気がします。そのような映画を「ハリウッド映画」的と呼びましょう。そう、私たちは、アメリカナイズド・ジャパニーズ。

『禁じられた歌声』は日本でも劇場公開されたようで、その予告編を見ることができます。

『禁じられた歌声』予告編

これは、典型的なアメリカナイズド・ジャパニーズが作った、アメリカナイズド・ジャパニーズのための予告編ですね。

この予告編を見ると、映像の美しさが垣間見られます。そして、話の筋が想像されます。曰く;

イスラム過激派に支配されるトゥンブクトゥ。その町にいる少女が主人公らしい。その少女が過激派支配のために、つらい目にあうにちがいない。だって、<愛を知る前に、自由を奪われた> という文字が画面に見えるから。

もしかしたら、彼女のお父さんが過激派に殺されてしまうのかもしれない。お父さんらしき人が「娘の顔が見たい」と言い、少女が「父さんはいつ帰る?」と聞いている場面があるから。

あー、この少女はどうなってしまうんだろう? お父さんは過激派に殺されてしまうんだろうか? あー、なんて、悲しそうな、つらそうな映画なんだろう。

<実話をベースに人間の「赦し」とは何かを描いた、> という文字が見える。あー、つまり、お父さんは赦されるんだろうか。あるいは、過激派が赦されるんだろうか・・・。

というふうに、この予告編からは、お話の筋がおぼろげに見え、映画をみたらきっと、最後のクライマックスや感動を知ることができるだろう、と期待される。

あー、ぜんぜん、ちがいますから!

そんな話の筋じゃないですから!

お父さんは、近所の人との牛をめぐるトラブルに巻き込まれたって話ですから!

<愛を知る前に、自由を奪われた> っていうのは、話の筋にはほとんど関係なく、ましてこの少女とは、ぜんぜん関係ないんだから!

どこに <赦し> の部分があるのか、ぜんぜん見えませんから!

ということで、アメリカナイズド・ジャパニーズによる、アメリカナイズド・ジャパニーズのための、話の筋を作り上げたような予告編が見事に出来上がっている様子を、ここにつぶさに観察することができます。

そして、私自身もまた、この予告編のような筋を期待し、感動を待っていた、ということが、あらためて自覚できたのでありました。

まぁ、ハリウッド映画的な起承転結や感動は期待できないかもしれませんが、それでも、そういうことを含めて、いろいろと考えさせられる、いい映画ではありました。(と、無理矢理まとめた感?)

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ところで、
アメリカナイズド・ジャパニーズといえば、近年目にあまるのが、ハロウィンの狂乱でありましょう。

毎年、仮装した人々が繰り出す渋谷の様子や、今年は、心斎橋筋の様子も、ニュースで見ました。仮装すりゃいいってもんでしょうか。口から血を流している仮装とか、ナースの恰好をしている仮装とか。本家アメリカンもびっくりでしょうが、アメリカナイズド・ジャパニーズの吸収力と改変力には、目を見張るものがあります。

そんな私の授業も、ハロウィンパーティーにジャックされました。

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フリーでフランク、ついでにフレンドリーな、バンバラ語の授業でのことでした。

ちなみに、映画『トゥンブクトゥ』のDVDを借りてきてくれたのは、黒一点の「お兄さま」受講生(写真左)です。もちろん正規の学生さんで、最優秀のフランス語専攻学生です。バンバラ語のテキストのフランス語を訳してくれる頼もしい存在で、お兄さまがいなければ、なりなっていなかったであろうバンバラ語の授業です。

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さらに、アメリカナイズド・ジャパニーズといえば、急に言い出したのが、「ブラック・フライデー」。

「バレンタインデー」の例に漏れず、商戦に結び付けて異文化を取り込む吸収力の強靭さは、アメリカナイズド・ジャパニーズの本領でしょう。

「なんか、ブラック・フライデーって、言葉がよくないよねぇ。1929年のブラック・サーズデー、1987年のブラック・マンデーに続く、縁起の悪い出来事みたいで」という疑念も、大セールを前に霧消するのでありました。

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upwardright 「わーい、充電式コードレス掃除機、買っちゃおっ。これって、かる~い! 再生シャープを応援だぁ!」

長年、ダイソンのコードレス掃除機を、買おうか、買うまいか、迷い続けてきましたが、やはり、ここは、ブリティッシュではなく、ジャパニーズ優先、ということで、こちらを買い求めました。

販売店のお兄ちゃんの、「ダイソンは外車、シャープのは日本車、みたいなもんですかね。アフターケアの面を考えると・・・」という説明に納得したわけですが、ダイソンのは、若干重いような気がして。

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upwardright 「ついでに、寝室用の小型オイルヒーター、いかがですかぁ~?」

「こちら、デロンギですと、13800円。」
「こちら、アイリスオーヤマ製、性能も一緒、消費電力も一緒、長持ち度も一緒で、5480円! さぁ、いかがですかぁ~!」

んー、これは、イタリアン VS ジャパニーズ、というよりは、単に、お値段、安い方に軍配!

こうして、すっかり「ブラック・フライデー」にのっかったアメリカナイズド・ジャパニーズは、まんまと掃除機とオイルヒーターを買って帰ったのでありました。


2017年10月29日 (日)

最近の「衝動買い」

10月27日の日経平均株価が、21年ぶりに2万2千円台を回復したらしい。その前の24日には、史上初の「16日連騰」を記録したらしいけれど、このような「喜ばしい上昇」が、与党の圧勝が要因かと思うと、「強い者はより強く、弱い者はより弱く」というだけの現象のようにも思える。まぁ、トランプ氏がアメリカの大統領をやっているような時代だから、そういうものなのかも知れないけど。

「へぇ、21年ぶりってことは、1996年。バブルの崩壊後だったんじゃない?」と思って、過去の日経平均株価のチャートをみてみると、目を引くのは、今回の「回復劇」よりも、なんといってもやはり、「バブル」の異様さよ。

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1989年から90年にかけての日経平均株価が3万9千円近かったなんて。27年前にこの株価というのは、やはり異常だったのね、とあらためて。

あの頃は、私はまだ大学院生で、奨学金で暮らしているようなものだったから、バブルも、その崩壊も、何も関係がない、というか、興味も、関心も、知識も、何もなかった。

あれから27年。多少の興味も、関心も、知識も増え、蓄えるべきものもでき、NISAだのiDeCoだの、株価の上下に関心を持たざるを得なくなったが、それでも、そんなことは人生の中で、あるいはこの社会にとって、それほど重要なことではないんじゃないかと思う。株価が高くなっても、「景気がよくなっている実感はありませんね」という、ニュース番組の中でよく見る、お決まりの「町の声」とはまた別の意味で、経済的な指標は、人生の幸福や、社会の豊かさとは、あまり関係がないように思う。

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とか言いつつ、最近、バッグを衝動買いして、それで喜んでいる私の幸福って、やっぱり経済的な指標!?

はい、最近、「マザーハウス」のバッグを衝動買いしました。

先月だったか、『カンブリア宮殿』で「マザーハウス」創始者の山口絵理子さんが出ていて、バングラデシュでのカバン製造会社の話をされていた。バングラデシュの貧困解決の一助となることを目指しての社会起業家だ。

社会起業家っていうのは、彼女に限らず、みなさんパワフルで、感動的で、話を聞くといつも感心する。それでまぁ、感動と応援の意味をこめて、バングラデシュ製のバッグをひとつ購入しましょう、と思いたった。まぁ、こういうのも、一種の「衝動買い」ということで。

JR大阪駅のルクアイーレ9階にある、オシャレな感じの蔦屋書店の一角に、昨年「マザーハウス」がオープンしたらしい。

蔦屋書店を見て回っていると、急に雑貨やカバンが置いてある一角に出くわす。

あー、ここが「マザーハウス」だったのか。

店の雰囲気はこんな感じ → 梅田 蔦屋書店

ふらっと立ち寄って、トートバッグを見ていると、若い店員君が話しかけてくる。

「そのカバンは、ビジネスにもお使いになれますよ」

「あー、なんか、ステキなカバンですね。こういうトートバッグ、欲しいと思ってたんですよね。これは、手づくり品なんですか」

「はい、バングラデシュで、職人がひとつひとつ手作りしているんです」

「へー、バングラデシュ?」

「はい、ここの製品はすべてバングラデシュで作っているんです。うちの代表がバングラデシュで工場を建てて、そこの人たちの雇用にもつなげているんです」

「へー、そうなんですか」

普通なら、大阪のおばちゃんっぽく、「ちょっと、観たわよ、この間のテレビ! カンブリア宮殿っ! 山口さんっていう方、ほんっと、すごいわねぇ~、志が高くて、すばらしいわっ!」とたたみかけるところなのだが、この店員君の、若干の「前のめり感」が私を躊躇させた。きっと、たぶん、そんな風に言ってくるお客さんが多いのだろう。

「先日も、テレビで取り上げられたんですよ。カンブリア宮殿っていう番組で。」

(ご覧になってませんか? と言いたげな間。)

「へー、そうなんですか」と言いつつ、バッグにしか興味がない、という感じでバッグを見続ける私。

「バングラデシュ製ですが、代表の山口がデザインも考案して、品質も高いものに仕上がっています」

「へー、確かに、作りもしっかりして、形もステキですね。あー、こっちのカバンもいいなぁ。」

「あー、それは、最新のデザインのものです」

「わー、ステキですね。わっ、でも、こんなに小さいのに、あっちのトートより、ずっと高いのねっ」

「使っている革が全然ちがうんです。デザインも凝っているし。」

「ふ~ん、そういうもんなんだ」

(はい、そういうもんです、と言いたげな間)

「やっぱり、バングラデシュというと、牛を食べないから、牛革もたくさんとれるんでしょうね? あ、それとも、食べないから、逆に革を取りにくいかな? あ、いや、牛を食べないのは、インドだけか?」

「・・・。」

若く利発そうな店員君は、こういうお店で働いているだけあって、最近の「意識高い系」っぽい、さわやかな好青年であったが、バングラデシュで牛が食べられているのか、いないのか、についての話あたりから、トーンダウンし始め、あっちのバッグを手にとっては眺め、こっちのバッグを肩にかけては鏡に映す私を見て、「このおばさんは、カバンを買うのか、買わないのか!?」と、心中いらだち始めていたに違いない(と思う)。

で、結局、「カンブリア宮殿など知らない。たまたま立ち寄ったら、気に入ったカバンがあったから、少々お値段は高いけど、買っちゃうね」という感じのお客を演じきって、マザーハウスの「アンティーク キャリアトート」を一つ、お買い上げした次第です。

downwardright こちらが、そのカバン。

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下に敷いてあるのは、布製のショッピングバッグで、お買い上げの際は、これにカバンを入れて渡してくれました。電車に乗って家に帰るまでに、「どんだけ MOTHER HOUSE 宣伝するねんっ」というくらい、目立つショッピングバッグでありました。

バングラデシュのみなさん、長く愛用させていただきますね♪

2017年9月30日 (土)

現実逃避のプチ「中毒」

夏休み中に会議があって、大学に行った。隣りに座った若い同僚が、「あー、家で論文書いていても、一行書いては、立ち上がり、別のことをして。また机に戻って、一行書いては立ち上がり、他の用事したり、家事をしたり。全然すすまないんですよねぇ。そのかわり、家は妙に片付いて。」と嘆くのを聞いて、「それは、私のことを言っているの!?」と激しく同意してしまった。

夏休みは時間をかけて、ゆっくりと論文に向うことができる時期。他の用事は入れず、一日中家にいて、ひたすら論文執筆に取り組む。そう、ひたすら論文を執筆するのです! と、気合だけは十分なのだけど、これがまぁ、ぜんぜん進まない。

1行書いては消し、消しては書き。黙考。熟考。・・・と言えば、聞こえはいいけれど、結局大して考えも深まらないまま、どうしたものかと考え込み、「あ、コーヒーでもいれよ」と、台所へ行く。

台所へ行くと、キッチンまわりのかたづけをしたり、新聞を読んだり。

で、コーヒーをもってパソコンの前に戻ってきて、また初めから読み直しては、書き直し、書き直しては消し、消しては考え。

気が散りはじめる。ⓔのアイコンをクリックして、メールをチェックする。何もない。そりゃそうだ、さっきパソコンに戻ってきた時に見たばかりだから! ネットサーフィンが始まる。あー、いかん、いかん!

エクスプローラーの右上の×を押して、二度と開かないことを誓い、ワードの画面に戻る。

さらっ、さらっ、さらさらっ、と4行ほど書く。ふー、疲れた。

今度は手元のスマホを見る。スマホの画面はパソコンでエクスプローラーを立ち上げるより、ずっと抵抗が小さい。画面が小さい、ということと、ボタン一つで画面を消せる、ということからでしょうか、パソコンのネットより、罪悪感も3割ほど減。

スマホのボタンを押して、【メルカリ】のアイコンをタッチする。キーワード <プリマヴィスタ> のところをタッチ。ずらずらずらっと並ぶ化粧品の小さな写真に見入る。一画面で12個ほど。上にスクロールして、順番に出品物を見ていく。さっき見た化粧品のあたりで、やめる。

ついさっき、やはり気が散った時点でみた画面にアップされていた出品物から、すでに12個以上が出品されていることになる。めぼしいものがないと、ボタンを押して画面を閉じる。

そう、ちょっとした現実(論文)逃避にはまっているのは、【メルカリ】チェックです。

夏休みの読書感想文が出品されているとか、コンピュータウィルスが売られていた、とか、何かと話題になっているフリマ・アプリ。まぁ、なにごとも、「そんなに話題になってるなら」と試してみるのがよかろうと、ダウンロードしてみました。

特に買うものもないなぁ、と眺めていましたが、ふと自分が使っている化粧品を検索してみると、まぁ、なんと、使いかけのものから新品まで、しかも新品でも値段の安いものがそろっているではありませんか。

<50代の肌のために>、<ー5才肌> という宣伝文句を頼りに愛用している「プリマヴィスタ ディア」シリーズ。ファンデーションのレフィルは、定価2800円、税込みで3024円。

それが、メルカリでは、新品が、送料込みで2500円くらいで出品されている。なんでそんなに安くなるの!? と思いながらも、ちょうどなくなりかけていたので、【購入】ボタンを押す。あとは、郵送されるのを待つばかり。

出品者とのコメントのやりとりがあったり、最後に【受け取り】の評価ボタンを押すなどの手間はあるが、それも「お店の人とレジでのやりとり」程度なので、面倒どころか、ちょっと楽しい。ヤフオクのように、落札されるまでの時間を待たなくてもいいし、送料をプラスして代金を振込んだり、住所をお知らせする手間もいらない。それにスマホの画面で、というのが手軽な感じ。確かによくできている。

それにしても、定価2800円の新品、2500円で出品した人は、メルカリに250円とられて、送料120円負担して、差し引き2130円の売り上げ、ということになるが、それでも元がとれるのか。あのファンデーションは、どこかで2000円くらいで卸されているということなのか?

「買ってみたけど、肌に合わなくて」というのなら1500円くらいで出ていたりする。お店で「テスター」として使われていたものが出ていたりもするけど、販売員が処分をまかされているということか? 「お客さんに買ってもらったものを出品します」というコメントを読みながら、一体どういう「お客さん」で、そのお客さんになぜ、ファンデーションのレフィルを買ってもらうのか? など、疑問は尽きない。

化粧品流通の謎を考えつつも、さらに安い新品が出品されると、目を見張る。あー、2350円で出てる! しかも未開封の新品! めったに出ない値段。あー、この前、2500円で買ったばかりだけど、またすぐなくなるから、買っておこう。【購入】ポチッ。

ところが、そういうお安い品は出品が少ない。少ない上に、出品されたらすぐに売れる。何分前に出品されたかが表示されるので、「えっ、たった8分前に出品されたばかりなのに、もう【SOLD】!?」と驚くことになる。

狙いの「プリマヴィスタ ディア オークル3」の新品未開封レフィルが、2000円で出ていたことがあった。もちろん、見た時にはすでに【SOLD】。14分くらい前だったので、「地団太を踏んで悔しがった」と描写したいくらいの出来事だった。なんで2000円で!? と分析する。見たところ、たぶん、相場をよく観察せず、とりあえず処分したいものを売り切りたい系、と推察。そういう掘り出し物はめったに出ない。

というようなことを、論文執筆に行き詰まり、疲れ、あるいは2、3行書いたあとに、ふとスマホを手に取り、メルカリを開いて、観察するのであります。

だって、マメにチェックしないと、すぐ誰かに買われちゃうから!

こういう倒錯こそが「中毒」の始まりであります。しかも、進まない論文の間隙を埋める絶好の慰めでもあります。

お値打ち品が、見た時にすでに【SOLD】になっている。これがツボなんでしょうね、きっと。

だから、お目当て品が、2222円で出品されているのを見た時は、もうすでに2つもレフィルを手に入れているのに、【購入】ボタンを押さずにいられなくなるのは、やっぱりどう考えても「中毒」ですね。

プリマヴィスタ シリーズには、かわいいコンパクトもあります。白い味気ないコンパクトを使っていた私は、こんなかわいいコンパクトがあるなんて、知らなかった!【購入】ポチッ。 わー、こんなのもあるんだぁ!【購入】ポチッ。 

わー、これもかわいい! しかも、これって、今までにない安さ!【購入】 わー、化粧下地も安い!【購入】 わーい、値下げ交渉したら、150円安くしてくれたぁ~!【購入】

こうして、私の夏休みは、メルカリ中毒のあげくに集まった「戦利品」(下図参照)と、苦労して書き上げた論文1本を残して、本日、終わりとなりました。

たぶん、明日からは「現実逃避」もなくなるので、「中毒」症状も抜けると思います、たぶん。

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(下図) レフィルは箱入りで送ってもらったものが2つ、箱なしのが2つ。コンパクトは3つ! もう、当分買いません!(反省をこめて)

2017年8月31日 (木)

娘、「フーテンの寅」説

毎週土曜日の夕方に、BSジャパンで映画『男はつらいよ』シリーズをやっている。気が向いた時に見ているが、いつの頃からか、かなりはまっている。

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渥美清演じるフーテンの寅さんが巻き起こす人情劇は、超絶ワンパターンのお話で、寅さんが故郷の柴又にふらっと帰ってきては、妹さくらをはじめとする「とらや」の人々と、泣き笑いのドタバタ劇を繰り広げるが、そのワンパターンぶりに、はまってしまう。

毎回毎回、よくも「とらや」の人々は、寅さんのことを心配したり、心から喜んでやったり、悲しんでやったり、寅さんに翻弄されたりするものだ、と感心する。

どんなに、寅さんに迷惑をかけられても、いつの間にか寅さんを許し、寅さんのために何かしら手助けしてやることになる。そして、寅さんが再び旅に出ていく時は、「今度いつ帰ってくるのか」と、これまた心から心配してやっている。

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何作も見ているうちに、自分が、パッとしない日常を地道に生きている「とらや」の人々の立場に立って見ていることに気づく。彼らに強く共感しながら、寅さんの不器用な放浪人生を、ハラハラと応援しながら眺めているのだ。

寅さんだって、妹のさくらのことは大好きなはずなのに、どうしてすぐに、喧嘩ごしのものの言い方になってしまうのか。どうして、何かといえば、おいちゃんやおばちゃんと言い合いになってしまうのか。どうして、「とらや」で落ち着いて、仲良く暮らせないのか。

そうかと思えば、寅さんは、縁もゆかりもない、というか、「袖振り合うも多生の縁」とばかりに、出会った他人に優しくする。惚れた「マドンナ」だけでなく、困っている人を助けてやったり、孤独な人と一緒にいて和ませてやったりする。

家族とは長く一緒にいられず、偶然に出会った人と一時的な縁を結ぶ。

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それが寅さんなんだなぁ。そういうもんかも知れないなぁ。家族には優しくできなくても、他人には優しくすることができる。家族からは厄介者扱いされても、他人からは頼りにされたりする。

そういう人っているよなぁ、と思ったら、ふと、それって、うちの娘のことではないか、と思い至った。

まだ小6の娘なので、テキ屋をやっているわけでも、ふらっと旅に出るわけでもないが、家族と一緒にいたがらず、他人に寄って行きたがるというところが、重なって見える。最近は、娘に口うるさく注意することが多くなって、家族とは「喧嘩ごし」の物の言い方が増えたが、あかの他人とは、もしかしたら、仲良くやっているのかもしれない、と思った。

だいたい、昔から、親とじっと一緒にいることのできない娘だった。歩くことができるようになって、スーパーに買い物に連れて行くようになった時から、すきさえあれば、親から離れて一人でうろうろしようとした。

そして、たいてい、よそのお客さんか、店員さんのところに寄っていくのだ。

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upwardright 4歳のころ。スーパーで、「見当たらないな」と思ったら、よそのお客さんのところに寄っていっている、図。

downwardright これまた、4歳のころ。おもちゃのベビーカーを買ってもらって「マイブーム」だったころ。ショッピングモールにて。

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この時は、ショッピングモール内のあちこちの店に行ってしまい、すぐに見当たらなくなった。

しばらく探しても見当たらず、「まさか、誘拐されたのでは!?」と真剣に心配した時の、あの「血の気の引く思い」は今でも鮮明に覚えている。あれ以来、「誘拐されたのではないか!?」と疑うことは一度もない。必ずどこかにいる、と思うようになった。

小さい頃は、「じっとしていられないのも仕方ないか」と思っていたが、大きくなるにつれ、ますますその傾向は強くなる一方。

そして今夏、家族旅行で乗った近鉄特急@伊勢志摩行 の2時間半の電車の中でも、ほとんど一緒に座席に座っていることはなかった。

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upwardright 乗った瞬間に撮った記念写真@近鉄特急

この後、駅弁を食べている間はここにいたが、その後、行方知れず。

車内をうろうろし、トイレに行ったり、戻ってきてジュースを飲んだり、空いている席に座りに行ったり、愛想よく相手してくれる人のところで過ごしたり。

これまでの家族旅行はすべて車でしたが、もう列車旅行でも大丈夫かと思っての今回の初挑戦。大丈夫だったといえば大丈夫だったが、普通でないといえば普通でないことが、白日のもとにさらされた結果となりました。

万事がこの調子でしたから、旅行中に七海に言うことの大半は、注意と警告、諭しと脅し。それに、禁止とわずかばかりの許可。旅情を分かち合うなどということはかなわず、徒労感ばかりがつもる旅となりました。

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upwardright とはいえ、伊勢志摩の旅行は、それなりに楽しみましたが。
昨年、伊勢志摩サミットが行われたホテルのレストラン。
「ここに本当に首脳たちが座っていたの!?」と、最後まで半信半疑でしたが。

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七海が1歳になる前ごろからミルクを飲まなくなり、鼻からチューブでミルクと栄養剤を流し込んで大きくした頃の「普通でないといえば普通でない」状態を、「摂食障害」と名付けてみると、自分なりに理解できて、気持ちが楽になりました。

なので今回は、この「普通でないといえば普通でない」状態を、「注意欠陥多動性障害」と名付けてみました。そうすると、自分なりに理解できて、腑に落ちた気持ちにはなりました。

腑には落ちましたが、どう対処していけばいいのか悩むところではあります。

そもそも、こんな状態を放置しておいたら、いつか悪い人に連れて行かれたりするんじゃないかと心配は尽きませんが、「知らない人には絶対について行っちゃだめよ!」 ー
「はい、絶対についていきません!」という、何十回となく繰り返されたやりとりを続けるくらいしか、今のところ対処の方法が分かりません。

まぁ、そんな時に、『男はつらいよ』を見ていて、「あー、うちの娘は寅さんなんだ」と思い至ったわけです。

寅さんが、たまたま縁を結ぶ人と親しくなり、慕われ、頼りにされることがあるように、七海もきっと、家族以外の「よそ様」の世話になったり、かわいがられたりして生きていくんだろうなぁ、と、少しの希望を見出した次第です。

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downwardleft 別のある時は、思いもかけずに、ホワイトタイガー@ニフレルを見かけて、こちらは大コーフンだったのに、

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downwardleft 七海は、その檻の前で、ホワイトタイガーには大して興味も示さず、飼育員さんに話しかけることに夢中でありました。

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七海の夏休みは、こうして終わっていきましたとさ。

2017年7月30日 (日)

七海 12歳

「この子が生れて、もう12年!」
と、1年ずつ加えながら、毎年、新鮮に驚いています。

典型的日本人の性として、この子にできない事や、足りない事ばかりに気を取られ、無事に12年間、よくぞここまで大きくなってくれました! という感謝を忘れそうになる。

1年に1回、その誕生日を祝うということは、そのことを改めて思い起こして、無事にここまで成長し、生きていてくれることに、ただただ感謝する、という日なのかもしれない。

「あー、こんな漢字も読めない」、「あー、こんな計算もできない」と嘆くのはやめて、「ひらがなが全部書けるようになったなぁ」、「一人で学校から家まで帰れるようになったなぁ」と、できるようになったことを数えて、感謝する日なのかもしれない。
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upwardright 「LOVE注入! なのです」

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12歳のお誕生日には、バーバに買ってもらったワンピースを着て、近所の創作料理屋さんでディナー。

downwardright 「創作ケーキ」的なバースデーケーキでお祝い。すでに満腹だったので、大人の分はお持ち帰りにしたが、七海は自分の分を完食。
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「あー、おなかいっぱい!」と言って、頭の後ろで手を組んで伸びをする七海を見て、「あー、赤ちゃんの時も、そんな恰好してたねぇ」というと、七海はなんだか嫌な顔をしていた。自分が覚えていない自分のことを、物知り顔に言われるのが、嫌だったのでしょう。

家に帰ってから、どんな恰好だったかと思って、写真を探してみた。

downwardright たぶん、これ。
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まだ母子センターに入院中の、生後一か月の姿。まぁ、「頭の後ろで手を組んで」いたわけではないのですが、こういう姿が目に焼き付いている親としては、やはりこの12年は、月並みな表現ですが、「あっという間」だったということになります。

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大学の夏祭りにて

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七海:「大学に行くと、おねえさんたちがやさしくしてくれるから好き」

«大学教育に関する考察 (という名の、ある日の衝撃体験メモ)

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