2017年7月30日 (日)

七海 12歳

「この子が生れて、もう12年!」
と、1年ずつ加えながら、毎年、新鮮に驚いています。

典型的日本人の性として、この子にできない事や、足りない事ばかりに気を取られ、無事に12年間、よくぞここまで大きくなってくれました! という感謝を忘れそうになる。

1年に1回、その誕生日を祝うということは、そのことを改めて思い起こして、無事にここまで成長し、生きていてくれることに、ただただ感謝する、という日なのかもしれない。

「あー、こんな漢字も読めない」、「あー、こんな計算もできない」と嘆くのはやめて、「ひらがなが全部書けるようになったなぁ」、「一人で学校から家まで帰れるようになったなぁ」と、できるようになったことを数えて、感謝する日なのかもしれない。
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upwardright 「LOVE注入! なのです」

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12歳のお誕生日には、バーバに買ってもらったワンピースを着て、近所の創作料理屋さんでディナー。

downwardright 「創作ケーキ」的なバースデーケーキでお祝い。すでに満腹だったので、大人の分はお持ち帰りにしたが、七海は自分の分を完食。
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「あー、おなかいっぱい!」と言って、頭の後ろで手を組んで伸びをする七海を見て、「あー、赤ちゃんの時も、そんな恰好してたねぇ」というと、七海はなんだか嫌な顔をしていた。自分が覚えていない自分のことを、物知り顔に言われるのが、嫌だったのでしょう。

家に帰ってから、どんな恰好だったかと思って、写真を探してみた。

downwardright たぶん、これ。
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まだ母子センターに入院中の、生後一か月の姿。まぁ、「頭の後ろで手を組んで」いたわけではないのですが、こういう姿が目に焼き付いている親としては、やはりこの12年は、月並みな表現ですが、「あっという間」だったということになります。

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大学の夏祭りにて

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七海:「大学に行くと、おねえさんたちがやさしくしてくれるから好き」

2017年6月30日 (金)

大学教育に関する考察 (という名の、ある日の衝撃体験メモ)

今週初めの新聞の書評欄に、『未来の学校:テスト教育は限界か』という本が紹介されていた。 → その書評のさわり

書評を読んだだけで、その内容がほとんど分かってしまうのは、書評の文章がすぐれている、プラス、まぁ、当然と言えば当然の内容だからである。

著者はアメリカ人なので、アメリカのことが書かれているが、これはそのまま日本にもあてはまる。

一言で言うと、「重要なのは、知識の集積ではなく、思考力だ!」という主張です。

「現場で直接、思考力を働かせて課題を解決する能力が求められる」時代だからです。まぁ、産業界からの要請ですね。

この本の最初には、企業経営者たちへのインタビューが載っているらしく、これからの「知識経済」に求められる働き手の資質として、

「的を射た質問をする能力」
「相手の目を見て対等に議論できる能力」
「他人と強調しながら仕事を成し遂げる能力」が重要と言う。

「暗記ではなく、論理的に考え分析する能力」が大事なのです、と力説されている。

しかし、アメリカの学校教育をみると、「とくに公立学校は、知識の獲得を依然として主目的とし、その達成度を筆記試験でチェックする従来型から脱却できていない」ということらしい。あら、アメリカも日本と同じようなものなのね、と思う。

日本も、「知識の獲得」重視から、「思考力」重視へのシフトに躍起で、それは、4年後に大学入試を、「センター試験」から「思考力重視の試験」に移行しようという改革にも表れている。

新しい入試が、一体どういうものになるかは「見もの」ですが、まぁ、それくらい「知識の集積より思考力が大事!」というのが、浸透しつつあるということです。

となると、大学の授業でも、「知識の獲得を主目的とするのではなく、思考力を養うような授業を!」というプレッシャーがひたひたと押し寄せてくるわけで、「知識の伝達」を主目的とするような授業をしている私としては、「このような授業をしていて、いいのだろうか」と、疑問を抱くようになる。

卒論執筆を目的とするようなゼミは、まだいい。学生が自主的にテーマを決めて調べ、発表し、論文に仕上げる。 「思考力の涵養」を謳う本書でも、お勧めの授業形態である。

語学の授業も、まだいい。語学の「知識の獲得」を目的としているので、文法を説明し、単語を覚えさせ、練習問題を解かせて、語学力を身につけさせる。テストも、知識獲得の達成度をはかるバリバリの筆記試験で十分である。

問題は、講義科目の授業です。アフリカ言語学概論。こういった授業の目的をどのへんに定めたらいいのかが、悩みどころです。

アフリカの言語について講義する。 アフリカにはねぇ、こんな言語があってねぇ、こんな系統に分かれていてねぇ・・・。 ここの国ではこんな言語があって、あっちの国ではこんな公用語があって・・・。 こんな風に言語が使われていてねぇ。 こんな言語現象があってねぇ・・・。

しばらくすると、あちらこちらで、居眠りする姿が見受けられる。うぬぬ。

スマホをいじっている学生には、「スマホしまってください!」と注意するが、居眠りしている学生を起こすのは、ためらわれる。すみません、眠いよね、大して興味もない話、聞いてるだけじゃ眠くなるよね。眠くさせている私が悪いんです、という気分になる。

というわけで、少しでも眠気を誘わないような授業を、と思うのだけれど、これが難しい。ゼミのように毎回、発表やディスカッションができればいいのだけど、それだけでは講義の授業は回らず、どうしても「講義する」部分が必要になる。

そりゃぁ、いろんな講義の仕方がありましょう。すばらしく準備されたスライドに、映像や音響を伴ったスペクタクルな講義。熱意あふれる話術に知的好奇心が刺激され、ワクワクと耳を傾けたくなるような講義。

そんな講義ができない場合は、どうすればいいのでしょうか。こういう時に、「知識の獲得」を目的とする授業は便利です。 「はい、ここ、テストに出まーす」といえば、目をぱっちりと開けて、注目してくれる。いっそ、レポート課題をやめて、講義内容をテストする方法にするか? うーん、それだと、いつまでたっても、「知識の獲得を主目的とする授業」から脱却できないしなぁ。

まぁ、このように悶々としながら、まいど講義の授業を行っているわけですが、せめて、手でも動かしながら授業を聞けば、眠気を防げるのではないか、と考えてみる。

講義の内容を全部ノートに書き取る、という、なんだか明治時代的な講義風景は、望むべくもないが、少しでも書く作業を伴うようにと、資料のプリントを穴埋め式のものにして配布し、講義をする。

はい、ここ、official language 「公用語」ですね。セネガルの公用語は、はい、フランス語ですね。「フランス語」と入れておいてくださーい。広く話されている言語は、ウォロフ語。はい、「ウォロフ語」と書いておいてくださーい。何語族ですか? そう、「ニジェール・コンゴ語族」ですね。その中の? はい、そうです、「大西洋語派」に属しますね。「大西洋語派」と入れておいてくださーい。

うーん、結局、「知識の獲得」が主目的になってるなぁ、と思いながら授業をしていると、プリントに突っ伏して寝ている学生、発見。

寝ている子を起こすのは忍びないが、この場合、起こした後にやらせる作業があるので、起こしやい。近づいていって、肩を叩き、「はい、起きて。 はい、ここに書いてください、ここ。 ここ、ウォロフ語、ね。」とプリントを指さす。

すると、だるそうに起きた学生は、「書きたくありません」と言った。へっ!?

「こういう意味のないこと覚えるの、いやなんです。やる気になりません」

「意味ないって・・・。アフリカ言語学の授業だから、どこでどんな言語が話されているとか、どんな系統だとか、そういうのは一応覚えておいてもらわないと」

「そういう記号みたいなのを覚えるのが、苦痛なんです」

「苦痛って・・・。でも、中学や高校の授業って、こういう暗記みたいなことをする授業だらけだったんじゃないの?」

「はい、だから苦痛でした。興味のない、記号みたいなのを覚えるようなことは全部避けてきました」

「避けてきました、って、それじゃ、単位とか取れないんじゃない!?」

「だから、取らなくていい授業は取らなかったです」

そう言って再びプリントの上に突っ伏した学生に、私は言う言葉が見つかりませんでした。

わーおっ、もしかしてこれは、「知識の獲得より思考力の涵養をめざせ!」教育の完成形!?

常日頃からの 「この授業、思考力を養うというよりは、知識の集積に重きをおいてるなぁ~。どうしたらいいのかなぁ~」 という私の迷いの間隙を突かれた、衝撃の体験でありました。

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はい、今日の講義のまとめでーす。

1.時代は、「知識の集積」よりも、「思考力の涵養」を求めている。

2.「思考力の涵養」に資する授業とは、どのような授業なんですか!? と教員たちは日々、自問している(と思う)。ゼミみたいな授業ばっかりも、できないし。

3.「ここ、テストに出まーす」というのは、興味のない授業を聞いている学生を引き付ける、有効的で安価な武器なのでした、実は。

4.その「武器」なくして戦うには、私はあまりにも旧態然とした授業しか知らず、日々悶々としながら、授業を続けるのでありました。

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【イメージ図】 

<グループワークをおこないながら、活発に議論する学生たち>

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「こうして、思考力は養われるのでありました」 みたいな!?

2017年5月31日 (水)

七海 七海

先日、テレビで 『新婚さん、いらっしゃい』 を見ていると、出演者の新婚夫婦の苗字に目が釘付け!

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七海さん!

ということは、七海がもし「七海家」の人と結婚したら、「七海 七海」に!

と、夫婦別姓推奨者である自分は棚にあがって、大いに盛り上がった。

こういうケースをたまに目にして、一人で喜んでいる。

1985年の阪神優勝時のメンバーである真弓明信選手。真弓家に真弓さんが嫁いだらどうなるのだろうか。

それから、タレントで 『ひるおび』 の司会をやっている恵俊彰さん。恵家に恵さんが嫁ぐ場合、やっぱり夫婦別姓をつらぬくしかないのではないだろうか。あるいは氏名欄に書く時は 「恵めぐみ」 と書くとか。なんか、横に振り仮名書いていると間違われないだろうか、と全く要らない心配をしたりする。

そういえば、今教えている男子学生に「澤」くんというのがいて、女子学生に first name が「佐和」さんというのがいるが、この場合、字で書く分には問題ないように見える。いや、この二人は、たぶん知り合いでさえないのだけど。

女子の名前にばかり気を取られるのは、やはり 「結婚して苗字が変わる」 という因習にとらわれているせいである。 それでは、男子の名前ではどうだろうか?

と、これがなかなか思いつかないなぁ、と思っていたら、ちょうど!

おとといのNHK 『プロフェッショナル』 で、動物写真家の岩合光昭さんが出ていたのだけど、お父上の名前がなんと、岩合徳光さんというではないか!

うーん、あるんだなぁ。男子が婿入りする場合の心配もしないといけないなぁ。

でも、「徳光 徳光」って、子役だった兄弟タレントの「前田 前田」みたいになるなぁ。いや、「徳光 徳光」の場合は、叔父と甥がコンビでも組んだのか!? って思われかねないよね。

って、思わないか。

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ということで、最近の 「七海 七海」 の近影~

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upwardright ゴールデンウイークに行った奈良県天川村洞川にある龍泉寺にて。

6年生になり、「最高学年やから!」という自覚だけは満々で、下級生のお世話係などをしているらしいが、まだまだ世話のかかる6年生ではある。

「いえいえ、下を見ればキリがないですから、上を向いて、向いて!」

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「その下は、下すぎるやん!」というここは、地上300mの「あべのハルカス」展望台。大人1500円。一生に一回行けば、もう十分ですね。

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七海の母親は、ようやく悪運を脱して、3年ぶりにアフリカ学会に参加しました。今年は、長野市の信州大学教育学部で。信州長野といえば、牛に引かれて善光寺。

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upwardright 善光寺の表参道にて、スワヒリ語専攻の「かしまし娘」揃踏み。いつまでも「娘」を名乗り続ける所存です、わたしたち!

善光寺の表参道は、とてもいい感じのお店が並んでいるのですが、

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最近、あちこちのショッピングモールでよく見かけるようになった「久世福商店」がありました!

万能だしとか味噌商品とか、ちょっとおしゃれな感じにした和食食材や調味料なんかが売ってあって、先日も大阪の「ららぽーとEXPOCITY」店で買い物したばかりでした。

で、中に入って話していると、ぬぁんと、ここ善光寺大門店が「本店」というではありませんか!

急にテンションがあがっちゃって、いろいろと試食させてもらった挙句に、「ふき味噌」と「青唐辛子味噌」を二瓶買いました。

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「お買い上げ、ありがとうございました」

でも、わざわざ長野県から買って帰らなくてもよかったんじゃないの!? と、帰路で「荷物、重いなぁ」と思いながら、恨めしく思ったことでありました。

久世福商店 善光寺大門本店 

(↑宣伝するわけじゃないですが、ご参考までに、ということで)

2017年4月30日 (日)

50代SNSのつき合い方 - 結局ブログに回帰

父の訃報をこのブログで知って、わざわざお悔やみのハガキをくれた友人がいた。あるいは、メールでお悔やみを伝えてくれた友人もいた。またある時は、私が最近知ることとなった「小森コーポレーション」という会社が、「自分の勤務先の隣にあります!」とメールで知らせてくれた友人もいた。

みなさん、あらためて、どうもありがとうございました。

と同時に思うのは、こういった「反応」を即座に示すことができるように「コメント」欄があるわけだけど、ブログのコメント欄は、パブリックすぎて書きにくいんじゃないだろうか、とも思う。

他社のブログみたいに、ブログ管理者にだけ読めるコメント機能とか、フェイスブックの「いいね!」みたいに「反応」だけを示す機能でもあればいいのかと思うけれど、やっぱりそういうのでもないかなぁ、50代にとっては・・・、とも思う。

ブログで近況報告をしている私も、月に1回こうしてパブリックに何か書くのが精一杯で、その他のところでは投稿したり、コメントしたりということが、なかなかできない。

昨年、無謀にもブログを移籍しようとし、お休みしている間に、ブログ以外にもう少し気軽にやりとりできるような方法はないだろうかとトライしてみたが、どうにもしっくりこなかった。「トレンドに乗り遅れまじ!」と始めたフェイスブックにツイッター、そしてインスタグラムまで開設してみたが、どれもブログに代わることができなかった。

その敗因は明白です。なんと言っても私が長文を書きすぎるからなのでした。そう、このブログのように、あーでもない、こーでもないと、とにかく言葉多くして船頭山に登るのか!?というくらい、無意味な言葉であれこれ言いたがるのがいけなかったのです。

インスタグラムがよい例です。

私のインスタグラムは こちら

ご覧いただいたら分かるのですが、去年の6月に開設し、6枚の写真がアップされていますが、3枚の写真の説明が長すぎる。インスタグラムというのはこういう使い方をするものではないんじゃないかと、さすがの私も違和感を覚えました。

最後の、教え子の結婚披露宴の写真などは、これでもまだ書き足りないほどなんですが、それじゃぁ、ブログに書いたら? あ、今ブログお休みしてるんだった。という、なんともビミョーなフラストレーションだけを残して、これがマイ・インスタ最後の投稿となりました。

フェイスブックもしかりです。
フェイスブックの方がまだ、長文受け入れ可能度が高いですが、それでも、自分の書いた記事をタイムラインの流れの中で見ると、何とも言えない違和感が。 ちがう、こんな風に起承転結をつけて、ご清読ありがとうございました。と締めるべきものではない、という違和感がマックスになりました。

私のフェイスブックは こちら

ブログのせいかおかげか、月末にはその月の総括をしなければならないような気になって、去年の8月末日に書いた記事がフェイスブック最後の投稿となりました。

その記事も、「仕事で行った学術振興会のビルの隣に、マセラティのディーラー店が!」くらいのことしか言ってないのですが、リオ・オリンピックもからめたくて、錦織選手からケンブリッジ飛鳥くんに至るくだりが長い。

そのわりに、私が愛する車はカムリくんだけにも関わらず、やっぱり「スーパースター的車」は良いよねぇ~、かっこいいよねぇ~、というマセラティ談義になるはずが、中途半端に。

スーパースター的車の中で、マセラティが一番好きなのは、そのエンブレムのかっこよさゆえです。

downwardleft マセラティの最近のかっこいい姿

Maserati_emblem1_3

downwardleft 車の前に見えるエンブレムをクローズアップ!

Maserati_emblem2

これは、海神ネプチューンがもっている槍の形をモチーフにしたものだそうですが、ほれぼれする形です。

これがお顔についているマセラティの車、自然とかっこよく見えるわけです。

Maserati

冴えない丸っこいT形のカムリくんのエンブレムとは大違いです。しかも、我がカムリくんの3倍はするかというお値段の車。これがあこがれずにはいられましょうか。しかし、何度も言うようですが、カムリくんを買い替えるつもりはありませんから!

あー、何の話だったか。

そうそう、それで、フェイスブックでの投稿も中途半端なままに終わっております。

比較的たくさん投稿しているのはツイッターです。たった140字しか書けないのだから一番窮屈そうですが、型が決まっているので、タイムラインに流れる時に、インスタやFBのような違和感が比較的少ないというのもあったかもしれません。

しかし、それでも140字めい一杯に書こうとし、140字以内に収まるように推敲して投稿するうちに、うーん、こういうのでもないんだろうなぁ、ツイッターというのは。という違和感が。

それで、去年の秋に観た映画『君の名は。』の感想をツイートした後、これも放置状態に。考えてみれば、ブログを休んで他の方法を模索している間に、他の方法をすべて休止してしまったという顛末になってしまいました。

ツイッターについては、その後、選択科目のスワヒリ語の授業で記念撮影をしたんですが、その写真を学生さんと共有するにあたり、ツイッターにアップしました。

私のツイッターは こちら

その時に、学生さん世代ではフェイスブックではなく、ツイッターの方が主流でかつ、よりプライベートな使われ方をしているんだということを知りました。そういうプライベートな使い方をしていない私としては、「やっぱり違うなぁ」感がいや増してしまった次第です。

ということで、結局ブログに回帰。

これはたぶん、「50代SNSのつき合い方」という問題ではなく、私個人の、まずブログから始めたという来歴によるものなのでしょう。長々と長文を書き、なんとなくパブリックな場に公開し、読んでくれる人がいればそれでありがたい、という感じの。

コメントに対する返信も勢い長々と長文になり、それがまぁ、コメントのしにくさを誘っているのかもしれませんが、こればっかりは改まらない性分なので、コメントいただける人には(いつものように)暑苦しい長文コメントをお返しさせていただき、コメントいただけない人にも「いつも読んでくれてありがとう」と心の中で思っております! というようにしたいと思います。

というような記事ですが、いつも、読んでくれて、ありがとうございます。

2017年3月30日 (木)

卒業式の3月

月末にその月のことを振り返って記事を書くとなると、3月はやっぱり、卒業式のことになる。

今年は3月22日(水)が卒業式でした。

専任教員になって初めて卒業式に出席したのが、2007年。それから数えて今年は11回目の卒業式となりました。このブログを振り返っても、毎年3月には、何らかの形で卒業式のことに触れている。

去年は、七海の手術入院中のことで、外泊帰宅中になんとか卒業式に臨んだ。と思ったら、もうあれから1年! いやぁ~、なにごとも万事、時の流れの早すぎる、ばかりが感じられて・・・、ですね。

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今年の卒業生は22名。6回生が2人、5回生が13人、4回生が7人と、5年で卒業するのが主流である傾向はずっと続いている。

11回目ともなると、こちらの感慨は薄れていくし、学生さんとの距離も遠くなっていくように思うのですが、学生さんの側からしてみれば、初めての、そして最後の、唯一無二の卒業式。

大学生活の締めくくりでもあり、長かった「子ども時代」の終わりでもある。一番、多感で悩み多い時期を過ごし、すぐそこには「社会人」としての新しい生活が待っている、希望と不安、期待と寂寥が入り混じる日でもある。

スワヒリ語専攻では、「母」というか「伯母」というか、なんともビミョーに濃い関係の教員がどーんといて、「みんな家族みたいなもんだから!」と言われ続け、そのうち友人たちも、ホントの兄弟姉妹のように思えてきて、そんなきょうだいたちも、今日でお別れかと思うと、もう泣けて泣けて、「ほんっとに、みんな、ありがとう!」と、涙で肩を震わせることになる。

毎年、卒業生から教員への花束贈呈がありますが、こんなに号泣されたのは初めてでした。

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私も思わずもらい泣き。よく見ると、向こうの教員のところも、号泣大会だったようです。

こんな風に素直に泣きながら卒業していけるのは、「子ども時代」の締めくくりにふさわしいことかもしれません。

これまた毎年、卒業生から記念の品をいただきますが、今年は教員それぞれに、ゆかりのある国のTシャツに寄せ書きをしてくれました。私にはナイジェリアのTシャツを。

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このTシャツを、卒業旅行のナイジェリアで買ってきてくれたのは、5回生のT原くん。2度も私のヨルバ語の授業をとってくれ、それでも挨拶程度しか習得させることができなかったのは、すべて私の責任です。すまなかった、T原くん!

しかし、救いは、寄せ書きに <先生の授業はホンマにおもろかったです> と書いてくれたことでしょうか。ありがとう、T原くん!

彼は、なんのご縁か、「小森コーポレーション」という会社に勤めることになりました。報告を聞いた時は、そんな会社があるのか! と耳を疑いましたが、印刷機械を作っている会社で、ナイジェリアの紙幣を印刷したこともあるというから、世界は狭いような広いような、です。

学生さんたちがこれから出ていく社会は、私の知らない世界であり、また、まばゆいばかりの世界でもあります。その活躍を通じて、私にもその、広くまばゆい世界を見せてくれたら、と願っています。

とりあえず、「子ども時代」の終わり。ご卒業おめでとう。まだまだ心配の尽きない「子どもたち」ですが、立派な大人になった姿をまた、見せてくれたら嬉しいです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

おまけ: で、「どんな会社なんだ?」と調べてみたら、内定者・T原くんのインタビューが載っていました。今さら伏字にする理由もないですが、T原くんのインタビューは → こちら

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