2019年3月31日 (日)

卒業おめでとう

ここ何年かは、3月の終わりはずっと、卒業式の報告をしているので、今年も、卒業式の報告を。

こちらとしては、もう、毎年のことで、ルーティン化している感がいなめませんが、卒業していく学生さん一人一人にとっては、生涯で一度きりの大学卒業。しかも、長かった「子ども時代」の終わり、という卒業でもあるので、やはり、とても大事な節目では、あります。

節目ではありますが、見送るこちらとしては、「子ども時代」側にいるので、これからの長い人生の先行きに対する不安の方が大きく、「おめでとう!」というよりは、「元気でね」、「くじけないでね」、「くじけたらまた、戻ってきてね」という気持ちいっぱいに、船出を見送ることになります。

特に、今年は、手の焼ける学生が多く、「ちゃんと社会人としてやっていけるのだろうか」と不安のよぎることしばしば。もちろん、手の焼けない、しっかり者の学生さんたちに対しても、「この伸び伸びとした感性が、会社の歯車の中で、失われていかないだろうか」という余計な心配をしてしまう。

「子どもの成長を見守る」というのは、こんな不安や心配を抱えつつ、それでも、何もしてやることができず、ただ、見送ってやることしかできない、ということなんだなぁ、と思う。

手の焼けた学生さんも、「いろいろとご迷惑をおかけしました」と、ちゃんと挨拶をして旅立って行った。

私の授業に衝撃を与えてくれた学生さんも、「生意気なことを言ってすみませんでした」と言って、はじけるような笑顔を見せて、卒業していった。

「あー、みんな、立派に成長したなぁ」と、つくづくと感慨深かった。

親はなくとも子は育つ。まさに、教員はなくとも学生は育つ。

教員の役割って、なんなんでしょうね。

授業の内容や教え方を、いろいろと悩んでいましたが、そんなことは、あんまり関係ないのかも、と、思ったりします。

悩んでいた時の様子 → 「生意気なこと言ってすみませんでした」の学生さん、登場 

これからの長い人生の中で、必ずぶつかるであろう挫折や悩みの時に、自分を振り返る原点として、大学時代を思い起こしてくれれば、それはとても幸いなことだし、ふらっと訪ねてきて、いろいろと話などしてくれれば、それはとても嬉しいことです。

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卒業おめでとう!


昨日、私の大学院時代の指導教員であられた先生の、定年退職の最終講義とパーティがあった。

(伏字にすると)Y田先生(になって、ややこしいんですが)は、印欧語比較研究の、まさに「権威」で、特にヒッタイト語研究の世界的な第一人者であられ、なのに、学生指導にも手を抜かれることなく、私のような末席にいる学生にも、熱心にご指導してくださった。

いや、「熱心」というか、今覚えていることといえば、私の論文を添削しながら、絶句されている先生の姿しか思い出せない。

「これでは、何を言っているのか分からない・・・」、「文と文のつながりが不明・・」、「論がなっていない・・・」、そんなことをおっしゃっていたような気がするが、その時の私は、先生が何を絶句されているのか、よく分からなかった。

私は今、先生と同じようなセリフを吐く側に回り、また、それを聞いている学生が、どういう理解でそれを聞いているのかが、よく分かる。

どんな所にも、どんな事にも学びがある。そして、その学びの意味や意義は、ずいぶんあとになってから分かることもある。そんなことを教えてくれるのが、大学という場の役割であり、またその尊さなのだと思います。

Y田先生の最終講義のスクリーンに映された画像を、こっそりと、ここに揚げさせていただき、先生から私への言葉とさせていただきます。そして、勝手に、私から卒業生への言葉とも、させていただきます。

先生、ごめんなさい & ありがとうございました。

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(上段が、楔形文字で書かれたヒッタイト語)

 

2019年3月 1日 (金)

ふるさと納税

皆もすなる納税といふものを、我もしてみむとてするなり。

と、土佐日記風に書いてみました。「皆」というのは、二人の同僚と実妹であり、「納税」は正確には「ふるさと納税」で、「我」の部分は、土佐日記では「女」です。

ニュースでも頻繁に耳にするようになり、返礼品の割合が問題だとか、ふるさと納税をしない手はないとか、その評判をネットなどでみるにつけ、これは、やらなければならないのではないかと、思うようになりました。

しかし、なかなか始めるきっかけがつかめずにいたのですが、昨年末、「おせち」が返礼品としてあることを知るに至って、ついに、「初ふるさと納税」に成功しました!

毎年、実家では「おせち」を購入しているのですが、どこで買おうか、どれを買おうか、と、これが結構、頭を悩ませる問題だったので、返礼品にあると知って、さっそく「ふるさと納税サイト」を探してみました。

しかしまぁ、うわさには聞いていましたが、ふるさと納税サイトは、もうほとんど、ショッピングサイトですね。種々彩々の「商品」の中から、どれを選べばいいのか、頭を悩ませる点は、変わりありません。

「おせち」も、まぁ、たくさんの市町村が、たくさんのバリエーションを用意していて、迷う、迷う。

それで、「ふるさと」納税である趣旨に立ち返り、「ふるさと」がらみで選ぼうということで、実母のふるさとである舞鶴市(に、なかったので)、その隣の福知山市に、適当な「おせち」をみつけ、「叔父さん(母の弟)も住んでいることだし」ということで、注文しました。というか、納税しました?

注文した「おせち」は こちら

4万円の納税の返礼品だから、3割までという原則に忠実であれば、1万2千円の「おせち」ということになるのかなぁ? とか、製造元が「ジー・テイスト」という名古屋本社の外食・食品事業会社だけど、福知山市と何か関係があるのかなぁ、とか、富田林市に入るはずだった4万円の税金が福知山市にいっちゃうのね、とか、まぁ、あれこれと気になりながら、おいしくいただいた「おせち」でありました。

しかし、何事も始めてしまえば、ハードルはぐっと下がるわけで、この「おせち」を皮切りに、肉、水、うどん、ポン酢、本みりんなどを、注文、というか、返礼品として選ぶ、というか、してみました。

このラインナップが、もう、こてこての「主婦納税」です。

季節ごとのフルーツを、返礼品として選んで、ラ・フランスやさくらんぼなどを周りの人々にお裾分けし、返礼品のクーポンで旅行に行ってくる、という同僚の「ガーリー納税」とは、えらい違いです。

「無数にある」と言って過言でない返礼品のチョイスにも、その人の人生が表れるといえるでしょう。

あ、ちなみに、私のチョイスした「本みりん」に、「ん?」とひっかかった方がいるかもしれません。鋭いです。

冬は鍋、夏は刺身、いとおかし。という私が、「本みりん」を使って料理するような隙はありません。

これは、実母が愛用のみりんで、1本千円くらいして、町のデパートくらいにしか売っておらず、「もう買いに行くのもしんどいので、ネットで注文して」と言われ、送料が高いやん! と躊躇している時にひらめき、見事に返礼品として見つけたものであります。

そのサイトは こちら

岐阜県加茂郡川辺町の白扇酒造というところが作っている「本みりん」で、いつぞや私が贈答品としてもらい、そのまま母のところへいき、すっかり気に入られたという品。

届いたみりんが、こちら

Photo

「お届け物」が家に届くというのは嬉しく、また、これを実母がタダでもらって喜んでいる姿も嬉しいものですが、しかし、私はもう、当分、「主婦納税」はしないなぁ。

え、納税限度額に達した? No.

欲しいものが、もうない? No.

富田林市の税収減が気にかかる? No.

あ、「ガーリー納税」に切り替える? No.

送られてきた6キロの鶏肉が2キロずつ冷凍されていて、使う時、2キロも解凍しなければならず、連日、鶏肉を食べ続けるはめになって、うんざりしたから? (Yes and) No.

「返礼品」をいただくために払った「税金」は、翌年の住民税として還付されます。つまり、税金の前払いということですね。

「還付される」と言っても、たぶん、払うべき住民税が少なくなる、という感じでしょうか。しかし、いずれにしてもまだ、私は、税金の還付も軽減も体験していません。

そりゃ、そうです。昨年末から始めたので、まだ、「おせち」に払った分さえも、「前払い」状態です。年が明けてからの「本みりん」その他の品々の分は、「元がとれる」のは、1年以上先の、来年の春以降です。

私の今の実感としては、ショッピングサイトで、あれこれと欲しいものを注文し、クレジットカードで支払って、後日、その明細を見てギョッとしている、というところです。

「おせち」に4万円! 「本みりん」に1万3千円! 鶏肉に1万円も!そして、その他もろもろにウン万円も! 支払って、自分でそれらの品を購入している、という感覚に襲われているわけです。で、あー、もう、これ以上は無理! という気持ちの限界がやってきた次第です。

いやいや、だから、それらのお金はすべて戻ってきて、実質的には、それらのお品は「タダ」になるんだから! という理屈は、頭では分かるのですが、「ショッピングサイトで、何万円ものお買物をする」という行為が、私の「金銭感覚」に警報を鳴らしている、とでも言いましょうか。

ということで、もう当分は、ネットショッピング(もとい、「主婦納税」)しません。再開はたぶん、「還付」があって、「あー、納税して、よかったぁー」という実感が、体に湧いてきてからでしょうか。

そのころには、自分が、「朝三暮四」の故事に出てくる猿だった! と気がつくんでしょうね。

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だれが猿やねんっ

2019年2月 1日 (金)

ひとの「彼氏」

「他人」と書いて「ひと」と読み、「彼氏」とかいて「アイドル」とよむ。

ひとの彼氏に興味はないけれど、その入れ込み具合には、とても興味がかきたてられる。

福山雅治くんや木村拓哉くんが「彼氏」である友人たちの、心に秘めた思い。

福山くんが結婚した時には、思わずメールで心境を聞いたところ、「そりゃぁ、ショックだったけど、ようやく今は、温かく見守る気持ちになっている」という返事に、そういうものなのかと、納得させられたり。

同僚Y田N子の「彼氏」遍歴も興味深い。

かつては、懐かしの「ヨンさま」への入れ込みがハンパなかったが、その時の片りんが、このブログの初期の記事に見られます

パチンコ「冬のソナタ」(2006/4/6)

もう13年も前の話なのねぇ。彼女の「ヨンさま」愛も相当だったけど、うちのダンナがパチンコ通いしていて、ずっとムッとしていたことも、思い出したわ。

そんなY田N子の今の彼氏は、町田啓太くん。私は、NHKの朝ドラ『花子とアン』(2014年)で見たことがあって、まぁまぁ好印象のかわいい青年、くらいの認識でしたが、彼女の町田くんへの思い入れは、「ヨンさま」時に負けず劣らず、スゴイ。町田くんの、あらゆる情報、あらゆるグッズ、あらゆるDVDなど、すべて手中に収めていると思われます。

「ヨンさま」の時と違って、若干敷居が低い町田くんなので、コンサート(みたいなの?)に行った時に、町田くんと握手することができた! ということで、この時の彼女の喜びようは、推して知るべし。まさに「天にも昇る心地」を「絵」にしたよう、とはこのことでした。

その話を聞いた時には、私も自分のことのように嬉しくなったけど、
それはまぁ、友達が思いを寄せていた彼に告白したら、OKもらった! という話を聞いた時の嬉しさと、同じではある。

Y田N子の「町田くん愛」も相当スゴイが、同等、あるいはそれ以上に、熱狂的な愛を示す知人がいて、彼女の入れ込み具合にも、かなり興味がかきたてられる。

彼女の彼氏は、星野源くんである。先日、あるワークショップで、パソコンを並べて作業をする機会があったのだけど、横をみると、2回に1回は、星野くん関係のサイトが画面に現れている。

そのワークショップでは、単調なデータ入力みたいな作業を延々としていたので、疲れるといえば、疲れる。私はしょっちゅう立ちあがっては、コーヒーを買いに行ったり、おやつを食べたり、トイレに行ったり、あとは大きな独り言を言ったり、まわりに話しかけて、迷惑がられたり。

自分の集中力のなさも大概だが、彼女の星野くんへの愛情も大概である。もちろん、星野くんの、あらゆる情報、あらゆるグッズ、あらゆるDVDは、すべて手中に・・・と思われますが、加えて普段から、子連れで星野くんのコンサートに行き、機会があれば自分一人でもコンサートに行き、星野くんがもしアフリカへロケに行くようなことがあって、大学に何か問い合わせがあったりしたら、必ず自分を紹介するように、という「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど」(@サンドウィッチマン富澤)的な懇願、というか妄言を言ってくるほど、熱狂的な愛情を星野くんに注いでいる。

「なんで、そんなに好きなん? 最初にどうやって好きになったん?」

常々疑問に思っていたが、あらためて聞く機会がなかった疑問を、星野くんサイトを眺めている彼女に、ようやく聞くことができた。

「え、それは、まぁ、初めは、娘たちがPVみて一緒に踊ってて・・・。(中略)・・ わー、はずかしっ! なんか、ダンナとの馴れそめ話すより、はずかしいわっ!」

と、初恋を語る少女のような初々しさをみせながら語ってくれた、三児の母なのでした。

で、まぁ、彼女が恋に落ちるきっかけになったというエッセイ本を、「どのへんが恋に落ちるポイントなのか」ということを知りたくて購入し、読んでみました

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さすが、「変態」と銘打っているだけあって、エッチな星野青年の、アダルトビデオ鑑賞の話やらオ○ニーの話やらが、これでもかと出てきて、うぶな乙女(だれ)は面食らいましたよ。今でこそ国民的人気の星野くんだけど、このエッセイが書かれた2011年~13年ごろは、まだ大丈夫だったのかなぁと、ちょっと心配してしまうほどでした

しかし、このエッセイ本の真骨頂は、後半の闘病記ですね。

星野青年は2012年暮れに、くも膜下出血で倒れて入院した。手術後、奇跡的に後遺症もなく回復したものの、その後、脳動脈瘤の再発が見つかり、再手術。その手術というのが、脳動脈瘤の根元にクリッピングするという難手術。ゴッドハンドと呼ぶべき名医に出会って無事、手術は成功。

その貴重な体験が、軽快なタッチで書かれていて読ませる。脳動脈瘤の手術の様子や、ゴッドハンドとのやりとりなどが興味深く、また、手術を受けた後は、死んでしまった方がマシなくらいの痛みに襲われ、まさに「生地獄」だったというあたりは、なかなかに戦慄させられる。

七海の手術につき合って3週間滞在したことがある「病院」という舞台が、親近感をもって読ませたのかも知れない。

いずれにしても、これほど壮絶な体験をして、生死の境から生還した人というのは、「生まれ変わった」ように成長し、人間的深みを増すのは確かでしょう。

それが、こんにちの彼の人気を生み出す元となったのかもしれないし、そんなところも魅力なのかしら、と、勝手に人の恋愛を考察してみました。

「ひとの彼氏」には興味はないんだけど、「彼氏を好きになる」その魅惑されるポイント、というところに興味がかきたてられるのでありました。

でも、まぁ、Y田N子にしろ、星野くん命の彼女にしろ、あらゆる情報、あらゆるグッズ、あらゆる・・・という収集力を見ていると、さすが「研究者」はかくあるべし、と思わされるところがあります。

「彼氏」を好きになる「あこがれ」力や収集力は、「研究」力につながる大きな素養の一つですね。

「彼氏」のいない私としては、大いに見習いたいところではありますが、いまだかつて「彼氏」に熱をあげたこともなければ、今後、誰かに「入れ込む」こともなさそうなので、自分の研究者人生のほうを、あらためて見なおした方がいいのではないか、と、進まない原稿をみながら、ふっと思ったりするのでありました。

あ、それよりは、集中力のなさの方が、問題か・・・(^^;)

2019年1月 1日 (火)

2019年 新年おめでとうございます

結局、2018年12月の更新をすることなく、2019年になりました。

ということで、2018年のお別れもそこそこに、2019年のご挨拶をさせていただくことになりました。

どうも2018年の下半期は、体調、気分ともにすぐれないことが多く、12月は鍼灸院に、たびたび通うも、「体の気の流れが悪く、バランスが崩れている」と言われ、すっきりしないまま。

これが世にいう「更年期」というものなのでしょうか。
耳鳴りはするは、めまいはするは。
頭が痛かったり、肩が凝ったり。

2019年元旦の朝は、いままでに見たことのない数字を体重計の中に見ました。

うーん、毎年、元旦には、このネタですね。しかも、最近は、悪化のご報告ばかりで、悲しくなります。

しかし、「大殺界」はとっくに過ぎたはずなので、このような状況は、新たなステージに向かう「生みの苦しみ」と理解して、この「亥年」を、前向きに進んでいきたいと思います。

2017_0805ag

 
(業火に焼かれている、の図?)
 「あー、この停滞した気運から、早く脱したい~!」

2019年も、ぼちぼちとやっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

平成最後の年、どちらさまも、お健やかにお過ごしくださいませ。

2018年11月30日 (金)

Y田さん、あらためK井さんのお仕事

私の近しい同僚は二人いて、このブログでは、そのうちの一人を「T村さん」、もう一人を「Y田N子」と書くことが多い。

どうして「Y田N子」とフルネームで書くようになったんだろう、と、すでに忘れかけていた由来を振り返るに、大学時代の友人に「Y田」さんというのがいて、このブログの初期の頃には、そちらのY田さんと区別するために、同僚の方をフルネームで書き始めたのでした。

最近は、そちらのY田さんは、このブログに登場することもなかったのですが、今日は久々の、そして「Y田」さんとしては最後の登場ということになりました。

はい、つまり、Y田さんは結婚されて「K井」さんになったからです。

と言うと、いかにも最近、結婚されて名前が変わった、的なお知らせみたいですが、Y田さんが結婚されたのは十数年前で、それでも「Y田」さんの名前で仕事をされていたような気がして、呼び慣れた名前で呼んでおりました

が、気が付くと、すっかり「K井」さんのお名前で仕事をされているようなので、本日をもって、K井さんとお呼びすることにいたします。

で、その、Y田さんあらためK井さんなんですが、現在は「集英社インターナショナル」という出版社で編集の仕事をされています。

学生時代の友人というのは、いつまでたっても「学生時代のまま」で、卒業後の人生で、どんなことをしているか、くらいは知っていても、それがどんな仕事で、どんな仕事ぶりで、とか、あるいは、どのくらいすごいのか、といったようなことは、詳しくは分からないものだし、知るすべもなかったりします。

ところが先日、K井さんが編集担当をしている作家さんが、うちの大学で講演をするという、なんとも奇跡的な機会がありました。

講演後にお話しをさせてもらったら、K井さんがいかに敏腕な編集者であるかということが明る
みに出て、驚くとともに、大変嬉しく思いました。

いや、「驚く」は、ないな。
それじゃぁ、「えー、K井さんが、そんなに敏腕!?」って驚いているみたいですもんね。

そんなことは、ないです。K井さんが敏腕であろうことは、うすうす気が付いていました。というか、そんなことは、考えてみたこともなかった、というのが実情ですが、考えろ、と言われれば、敏腕です、と答えていただろう、という感じです。

それで、その作家さんが、「ぼくはいろいろな編集者と付き合いがありますが、本当に心から信頼を寄せている編集者は二人だけで、そのうちの一人が彼女です」と、しみじみとおっしゃったので、私はしみじみと嬉しくなり、私のまったく知らない、K井さんの編集者人生に、しみじみと思いを巡らせたのでした。

その作家さんの本には『世界の辺境とハードボイルド室町時代』という本(共著)があるのですが、

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その「あとがき」に、K井さんのお名前があって嬉しくなります。

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作家さんの講演会のあとの懇親会で
  (記念写真)

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左から、Y田N子、作家のT野氏、私K森、T村さん

スワヒリ語専攻の「かしまし娘」に、「T野氏、かわいがられる」の図、と言ったところでしょうか。

T野氏(伏字にするのも意味不明ですが)は、この懇親会、楽しかった、とも、「関西の演芸を満喫した」とも、おっしゃってくださっていたようです。

お礼と宣伝を兼ねて、T野氏の新刊

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何十年も、ものすごくワイルドな活動をされてきた方ですが、私の印象としては、「笑顔がチャーミングな方」、というのが一番の印象でした。

あ、この本は、他社の出版社でしたね。

集英社インターナショナルのK井さんが最近、編集を担当された本には、松本修著『全国マン・チン分布考』があります。

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松本修といえば、TV番組『探偵!ナイトスクープ』のプロデューサーであり、かつて『全国アホ・バカ分布考』を著して風靡させた方ですが、満を持して、長年の調査成果をまとめた、第二弾ともいえる本です。

いずれの「分布考」も、「方言周圏論」を裏付ける、言語学のよい教材と言えますが、読者に与えるインパクトは、近著のほうがすぐれていますね。

まぁ、しかし、読んでいるうちに、「タブー語連発」のインパクトはすぐに失せ、松本氏の執拗なまでの探求心と、真相の解明にかける情熱の方が迫ってきて、圧倒される本であります。

『全国マン・チン分布考』の本の詳細は → K井さんの宣伝記事 にてご覧ください。

K井さん、今後のますますのご活躍、大いに期待しておりましてよ!

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