2024年4月 8日 (月)

3月と4月の間

12月と1月の間、というのは、年が変わるという変化が、気持ちの上で大きい。昨日から今日、今日から明日と、毎日は、流れるように続いているのに、「年が変わる」というだけで、そこに大きな隔たりを感じる。

同じように、3月と4月の間は、年度が変るという変化が大きな隔たりを生じさせるが、それは、気持ちの上だけでなく、実質的にも、大きい。

3月は卒業の月。4月は入学の月。

その変化と隔たりの大きさは、近年まれにみるものがありました、今年は、わたし的に。

3月は同僚Y田N子の退職記念行事目白押しで、私が退職するのか!? という気持ちになるくらい、「大学を去る」気持ち満々になりました。

退職記念号を編集し、退職に向けての言葉を書き、退職の祝辞を述べ、退職記念パーティでのアフリカンダンスを見るにつれ、「あぁ、楽しかった一つの時代が終わるんだなぁ」という感傷に浸りました。

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そして、我が子七海の高校の卒業式があり、我が学生たちの卒業式があり。

今年卒業した4年生は、入学が2020年。入学早々、大学にも来れず、大学で出会えてもマスク姿がほとんどで、疎遠になりがちだったけれど、それでも、華やかな袴姿やスーツ姿の若さ溢れる、輝く笑顔で卒業式を迎えられて、ほんとうによかったと思います。

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この卒業生たちが、4月1日の入社式の日から、怒涛の新社会人生活を送り始めているのかと思うのと、3月と4月の隔たりの大きさを感じずにはいられません。

私自身も、3月の「お別れ」の感傷に浸る間もなく、4月1日に新入生オリエンテーションを迎え、まったく気持ちが追いつかないまま、あっという間に1週間が過ぎてしまいました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

3月に支援学校の高等部を卒業した七海の生活の変化も、大きなものがありました。

これまでは、徒歩で、小学校・中学校と通い、高校は近所から乗る通学バスだったのに、4月からは、公共交通機関であるところの、近鉄バス → 近鉄電車 → 南海バス を乗り継いで、自立訓練学校に通うことになりました。

何度か一緒にこのルートを通って練習したものの、初日は、バスが遅れるという、一般にはよくありがちな、しかし我が子にとっては「想定外」の事態に狼狽して、あやうくバスに乗り遅れそうになるという、不安の船出でした。

バス → 電車 → バス を乗り継いで帰ってきた初日は、大いに安堵しましたが、5日目の半ドンの日には、バス → 外食 → 電車 → バスと、帰り道の駅で、一人で食堂に入って、うどん定食を食べて帰ってきたという「躍進」ぶりで、子どもの成長というのは、いつも親の想定を超えるものよ、と思ったことでありました。

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↑ 卒業式の日  ↓ 入学式の日

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変わらないのは、卒業式に着た服と、入学式に着た服だけ、でした!


2024年3月 6日 (水)

入試業務と試験問題

同僚のY田N子が、ついにこの3月末でご退職ということで、淋しいやら不安やら羨ましいやらで、なにかと落ち着かない3月ですが、

何が一番羨ましいかと言うと、ひそかに「苦行」と呼びならわしている卒論指導、特に試問に備えて大量の卒論を読まなければならないことと、1月から2月にかけておこなわれる入試業務から、解放されることでしょうか。

入試業務は、年々、負担感が増す業務です。こちらの体力と集中力が落ちていくのに反比例して、SNS時代の「あら捜し力」は増す一方で、大学入試の時に、何か不手際や問題が起こらないかと、世間は手ぐすね引いて待っている気がします。

今年もありました、共通テストの時、試験時間が15秒短かったとか、2次試験の時、試験監督たちが「談笑」していたので、受験生が抗議したとか。

こういうことがいちいち報道されるので、試験監督者への「ぜったいに粗相があってはなりませぬ!」的締付感は、いやがうえにも増し、ピリピリとした緊張感に覆われます。もうそれだけで疲れる、というか気が滅入るというか。

「談笑」してたって、うちの大学!? と、まぁ、確かに世間的には、注目を集めるニュースなんでしょうけど、社会性に乏しい大学教員が、粛々と入試監督業務をこなすのは、なかなかハードルが高いことで。特に、年配の教員とか、逆に未経験の新人教員とか。中堅教員だって、慣れていると思っていたところに、凡ミスしたりするし(←たぶん、私)

試験監督は、問題配布時、回答回収時は忙しいですが、試験中は基本的にヒマ・・、いや、「無」の時間です。何もすることがないけれど、自分の自由時間ではなく、かといって、巡回ばかりもしていられず、受験生を見まわしてみたり、ただ中空を睨んでいたり。

そんな中で、唯一できることは、配布残りの問題冊子を見ることです。

フムフム、今年は、こんな問題なんだ・・。

英語や国語なら、かなり読みごたえがありますが、今年の共通テストでは、数学と理科の監督だったので、問題冊子を開いた途端に、その異次元ぶりに、頭がくらくらしました。

いちおう、高校の時には数Ⅰとか数Ⅱとか、生物とか化学とか、学んだはずですが、まぁ、問題の意味?さえ分からない始末。すばらしきかな、理系世界。住む世界が違うという気がします。

分からない、何も分からない。

ただひとつ、分かったことは。

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数Ⅰの問題文の主人公が「太郎さん」だということ。うーむ、なんと「コンサバ」な選択。なぜ、令和の時代の問題文に「太郎さん」?

数Ⅰでは、その「コンサバ」ぶりは、「太郎さん」に引き続き、「花子さん」が出てくるところにあらわれています。太郎さんの次に、花子さんねぇ~。 男、女の順番ねぇ~。

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数Ⅱでも、主人公が一人の場合は、「太郎さん」でした。

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ただ、数Ⅱの改善点?は、二人が出てくるときに、「花子さんと太郎さん」としている点でしょうか。

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まぁ、いずれにしても、理系世界では、「太郎と花子」なのね、発想が。と思っていましたが、なんと、生物の問題では、

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「アキさんとハルさん」! どちらも女性? いや、ジェンダーフリーのシーズナルネーム? 「ナツさんとアキさん」でもよかったかも、という選択肢が頭にあったことでしょうか。数学の問題作成者よりは、少し社会性が感じられます。

え、じゃぁ、物理は? 化学は? と、がぜん理系問題に興味がわいてきます。

しかし、残念ながら、物理にも化学にも、登場人物はいませんでした。

ひたすら物質と元素のお話、ガラスと水の光の屈折のこととか、化合物の化学式とか、いや、確かに、私は理系ではなく文系でしたけど、ちょっとは学んだつもりでしたけど、こんなにも何も分からない世界があるのかと、久しぶりにカルチャーショックを覚えました。

物理や化学には、登場人物はいらないんです! という強い世界観を感じたあとに、生物の問題をみて、ちょっと安堵し、さらに地学でも再び、登場人物に出会いました。

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「高校生のNさんとSさん」。うーん、これは、N極とS極の化身だろうか。 まぁ、このへんが妥当な線でしょうかね。

数学問題作成者のみなさん、とりあえず、「太郎と花子」はやめましょう、ジェンダーセンシティヴの時代には、合わなくなってきてるよぉ~ん。

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最後に、うちの2次試験の英語の問題をひとつ。下線部を訳せっていうやつね。

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うーむ、"compulsion" がわからない。多くの受験生は、これを「衝動」と訳すことでしょう。「衝動」は "impulsion" ね。

あぁ、"complusion" は、「強制、抑えがたい欲求」か・・・。

≪ 芸術家は抑えがたい欲求によって、創作活動をしている。そうせざるを得ないからそうしているのであって、芸術家を志す人への助言を問われたら、他に選択肢がないと思えない限り、芸術家になろうとするな、と言うだろう。≫

わー、その通りではないか。これは、研究者にも言えるなぁ。私は、"compulsion" というよりは、"no other option" で、今ここにいるけど。

≪ 創作活動は、みじめで、不満と失望のエンドレス・サイクルだよぉ~ん。≫

研究者の道も、そうですね・・・。大学院に足を踏み入れた時から、エンドレス・サイクルが待っている。ポスドク時代のみじめさ、テニュアを獲得するまでの不満と失望の長い道のり。それでも、compulsion あるいは、no other option で、この道を進むしかなく。

other option があるなら、他の道を行った方がいい。なければ? ≪ポール・セザンヌは失望のまま亡くなった≫  死んだ後に、その作品のすばらしさが認められてもねぇ。でも、ポール・セザンヌは、絵を描く道をいくしかなかったんでしょう。

そんな道を行くことになるんですよ、大学院に行くということは。 と、大学院に行く学生さんたちにひそかに忠告してあげたいし、ポスドクのつらさの中にいる人には、そんな道なんだから、と励ましてあげたいし、compulsion が薄れてきたと思う研究者には、no other option なんだから、と慰めてあげたいし、慰められたい。

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おっと、こんなことを考えていたら、英語の試験時間が終わりました。おつかれさまでしたぁ。


 

2024年2月 9日 (金)

祈りの言葉

初めて村上春樹の作品が面白いと思ったのは、『1Q84』だった。

2009年に、近所のブックカフェの入り口に置いてあったのを、たまたま手に取って読み始めたがきっかけで、それまで、ピンとこなかった村上作品に、初めて引き込まれた。

その時の記事がこちら ↓
「どうでもいいけど、みたいなこと」(2009年9月)

↑ ほんと昔のブログは、「どうでもいいこと」をつらつらと書いていますね。

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『1Q84』は、話の展開のスペクタクル感もさることながら、ところどころに出てくる個別のエピソードにも、印象深いものが多かった。

その一つに、主人公の一人である「青豆」という女の殺し屋が、殺しを終えたあとに、人知れず祈りの言葉を口にするシーンがある。

≪天上のお方さま。あなたの御名がどこまでも清められ、あなたの王国が私たちに もたらされますように。私たちの多くの罪をお許しください。私たちのささやかな歩みにあなたの祝福をお与え下さい≫

このシーンには、天地がひっくり返るくらい、驚かされた。

このシーンの前の、別の章で、もう一人の主人公である「天吾」が、小学生の時に同じクラスだった女の子を思い出すシーンがあるが、その女の子がいつも給食の時に、この祈りの言葉を唱えていたのだった。

えぇっ!? あの女の子が、青豆だったのっ!?

勘のいい人なら、そんなことにも薄々気づきながら読んでいたかもしれないが、勘の悪い私は、まったく無防備に、ボーっと読み進めていたものだから、「あの女の子が、青豆!?」と知って、雷に打たれたほど驚いたのでした。

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このエピソードが印象深いのは、その驚きの読書体験に加えて、青豆が大人になって、親から自由になったにもかかわらず、この祈りの言葉が、彼女の口をついて出る、というところでした。

この本を読んでいた当時はそんな風に言うとも知らなかった「宗教2世」、だった青豆は、熱心な信者の母親に連れられて、布教のために毎週末、一軒一軒家をまわっていた。輸血を禁じるなどの極端な教義の宗教で、遠足や運動会にも参加しない青豆は、ずっとクラスで孤立していた。そんなつらくて悲しい幼少期を送らざるを得なかったのに、その宗教の祈りの言葉が、青豆の中に根付いてしまっていることに、そこはかとない悲しさや皮肉さを感じた。

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で、なんでそんなことを書いているかというと、私も幼少期のころ、親とよく、お寺にお参りに行っていたからでした。

小学生のころだったか、中学生だったか、高校生の頃も行っていたのか、そのへんはあまりよく覚えてないのだけど、母のお姉さんの知り合いのお寺で、その伯母に誘われて通い始め、父が運転する車で、家族4人で、大阪市内まで出かけて行っていたことを、思い出す。

子ども心に、日曜日に家族でお出かけするのは楽しかったし、そのお寺で、接待のぜんざいなどをいただくのも嬉しかった。

そのお寺は日蓮宗のお寺で、日蓮宗といえば、鉦や太鼓を打ち鳴らしながら、≪南無妙法蓮華経≫ と繰り返し唱えるのが有名。

熱心な信者というわけでもなく、母はたぶん、伯母夫婦に会えるのが楽しくて通い始めたのだが、肝心の伯母夫婦とそのお寺の住職との折り合いが悪くなり、ある日突然、そのお寺通いは終わった。

私の中には、子どものころの家族の楽しいイベント、という思い出と、そして、なぜか、≪南無妙法蓮華経≫ の言葉が残った。

いまだに私は、宗教的な場でお祈りをするときは、心の中で ≪南無妙法蓮華経≫ と唱えている。それがキリスト教会であろうと、神社であろうと、どこの宗派のお寺であろうと、手を合わせて祈る時は、自然と ≪南無妙法蓮華経≫ という言葉が出てくる。あるいは、≪南無妙法蓮華経≫ と唱えなければ、祈った気がしない。

なんという因果なことでしょうか。

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7年前、父が亡くなった時に、葬儀に来てもらうお坊さんのことで、困った。どこの檀家でもないし、懇意にしている寺もないし、となると、葬儀社にお任せということで、葬儀社が手配してくれた隣町のお寺から、お坊さんが来てくれた。

それは、浄土真宗本願寺派、いわゆる「西本願寺」派のお寺で、葬儀社の人に言わせると、最も敷居が低く、どなたさまの葬儀にも駆けつけてくれる、門戸の広いお寺だということで、大変ありがたかった。

浄土真宗の念仏は、念仏中の念仏、「ザ・念仏」であるところの ≪南無阿弥陀仏≫ である。

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はい、そうです。私は、お坊さんが、仏前で、大きな声で ≪南無阿弥陀仏≫ と唱えておられる時も、心の中では ≪南無妙法蓮華経≫ と唱和している。

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そして、最も驚いたことは、お坊さんが ≪南無阿弥陀仏≫ と唱えておられる時、隣で、母が、大きな声で「な~むあ~みだ~ぶっ」と唱和していたことだった。

えぇっ!? ≪南無妙法蓮華経≫ じゃなかったのぉ!? いや、お坊さんが ≪南無阿弥陀仏≫ と唱えている横で、≪南無妙法蓮華経≫ と大きな声で唱えられないのは分かるけど、だからって、そんな大きな声で、≪南無阿弥陀仏≫ って、唱えられるぅ~!?

父の葬儀の時から、そして、その後の法要の時も、そんな感じだったので、一度母に聞いてみた。

「うちは、南無妙法蓮華経とちがったん?」

そしたら母は、「うん、でも、もう、お寺さんにも来てもらってるし、南無阿弥陀仏にしてん」

って、こらぁ~! 娘はずっと、教えを守って ≪南無妙法蓮華経≫ やで! なんで、一人でしれっと宗旨替えしてんねん!

と、思いっきり、ツッコんだのでした。

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先日、その門戸の広いお寺さんで、母の一周忌と父の七回忌の法要をしていただいた。

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「な~むあ~みだ~ぶっ」、「な~むあ~みだ~ぶっ」と、お坊さんは、大きな声で、何度も何度も ≪南無阿弥陀仏≫ を唱えてくれた。

お母さん、≪南無阿弥陀仏≫ に宗旨替えしておいて、よかったですね。

そういう娘は、心の中では変わらず、≪南無妙法蓮華経≫ を唱えていましたけど、ね。


2024年1月 3日 (水)

不安新年

まさか、新しい年、元旦から、このような大震災に見舞われるとは。能登の状況をテレビで見ていると胸が苦しくなる。

元旦の夕方、リビングでテレビを見ていて、「え、揺れてる? 植木の葉が揺れてる? 壁の額縁が揺れてる? わ、地震!?」と思った次の瞬間から、テレビは緊急速報を流し続けた。

翌日の夕方、テレビを見ていると、今度はニュース速報が流れ、航空機が炎上しているという。チャンネルを変えると、日航機の後部が燃えている映像が映っていて震撼した。

元旦も、2日も、震災や事故の全容が分からず、不穏な空気に覆われて過ぎていった。

3日目の今日、震災の被害の大きさは未だ計り知れず、航空機の事故では、乗客が脱出していたと知って安堵したものの、海保機の搭乗員が死亡したと知って愕然とする。

一体、どういう年の始まり?

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今年の正月は、結婚以来初めて、「帰省」をしなかった。ここで言う「帰省」とは、どちらかの実家、あるいは、親の居宅に行って、ひと時を一緒に過ごす、というものであるが、ついに、誰もいなくなって、「帰省」もなくなった。

そういう年の始まりでもあった。

こんなに不穏で、不安な気分に包まれた年始が、かつてあっただろうか。

これから毎年、この不安な気分は、増すことはあれ、減ることはないような気がする。

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子供たちの始業式は9日だというのに、私は明日から始業である。

七海は、まだ放課後デイサービスも始まらない、パパと二人だけで過ごさなければならない明日4日が、いまからもう退屈で、不安である。

私は、始業の会議のあと、入試の共通テスト監督説明会があって、帰宅が遅くなりそうなのが不安。

もう何年も、入試監督をしてきたけれど、今年はついに、免除の年が!という感じで、監督に当たっていなかった。はずであった。

昨年末、割り当て表に自分の名前が見当たらなかった時、「わぁおっ!還暦祝いで、入試監督免除!」と喜んだのもつかの間、「不備があったので、2日目の監督お願いします」と、事務から連絡がありました。

そういう年の、始まりなのです。

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不安と、不穏と。
予期せぬことが起こりそうな空気と。

いつにも増して、慎重に生きていかなければならない年なのでしょう。

みんなで助け合って、励まし合って。


皆の心の平安が保たれますように。

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<余禄>

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   騎獅文殊菩薩像@安倍文殊院

 昨年末、卯年の守護本尊といわれる文殊菩薩を拝観してきました。
 「文殊の知恵」のイメージに反して、右手に大きな剣を持っていた姿に圧倒されました。
 あー、私たちは、常に闘わなければならないのだなぁ、と思いました。不安や不穏や予期せぬ事態に、慄いてばかりいてはだめですね。


2023年12月 5日 (火)

夜の読書

一日のうちで、一番楽しみな時間はいつか、と問われれば、それは、お風呂上り、冷たい物を飲みながら、寝るまでの間、本を読んでいる時間です、と答えるでしょう。 家人も寝静まり、私一人の、至福の時間。

それはいつも得られる、というわけではなく、たまに、よい本に巡りあって、毎晩、続きを読むのが楽しみ、みたいな時に、「あぁ、至福の時間とは、このことか」と思うのです。

楽しみな本に出会わないと、なかなか、この「至福の時間」は得られないわけで、近年では、宮本輝の『流転の海』シリーズ全9巻を読んだ時が、かなり長い期間、至福の時間を味わうことができました。

最近は、毎日の忙しさと、よい本に出会えなかったのが相まって、至福の時間から遠ざかっていましたが、引越しも一段落。満を持して、村上春樹の『騎士団長殺し』を読み始めました。

単行本が出たのが6年前。熱烈なファンではないけど、読めばきっと至福の時間が得られるだろう、というので、文庫本が出るのを待ち、よい本に出会えなくなってきた頃合いに、ようやくの登場となりました。

読み始めてみて。 まぁ、確かに、至福の時間は得られますが、なんと言うか、内容に、デジャブ感が満載というか。これまでの村上作品に出てくる登場人物やモチーフ、場面などが、形を変えて登場してくるようで、まぁ、一人の作家が作る物語が、似たものになるのは、ある意味、当然というか、仕方がないんでしょうけど。

そんなことを思いながら読み始めてしばらくの後、今度は、まったく読み進められなくなりました。

ある晩から、真夜中に、どこからともなく、鈴の音が聞こえてくるようになったのです。 あ、物語の中で、ね。

小田原の郊外の、山の中の一軒家。離婚を切り出された主人公が、家を出て、行くところもなく、友人のはからいで借りた家。住んでしばらくしてから、真夜中に鈴の音が聞こえてくるようになる。 真夜中に、一時間ほど鳴り続いた後、鈴の音はやむのだけど、また次の日も、聞こえてくる。

夜中に、静まり返った家の中で、一人で本を読んでいる私には、もう、それが怖くて、怖くて!

主人公が、懐中電灯をもって、その鈴の音がどこから聞こえてくるのか探しに、外に出ていくあたりから、心臓バクバクで、読書中断。

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庭を出てしばらく行ったところに、祠(ほこら)があって、その裏手から鈴の音が聞こえてくる、ということが判明したあたりで、心臓フリーズ。

とても、夜中の読書に適した本では、ありませんでした。

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しかたがないので、心臓フリーズで中断したところからは、昼間のカフェなどで読み、心臓破りの箇所を越えたら、その先を、夜中の読書に取っておく。

結局、全部で3回くらいあったでしょうか、中断の後に、昼間に読み進めた、ということが。 

こんなに怖がりだったのか、私!? と思うほどでしたが、これも年のせいでしょうか? 

ほら、年取ると、「涙もろくなる」っていうけど、こういうのは、なんていうんでしょうね? 年取ると、「恐怖もろくなる」?

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鈴の音の「正体」が分かってからは、つづがなく、毎夜の読書が再開されましたが、まぁ、それほどすっきりとは納得できない事も多く、そのわりには、最後のほうは「ぬる~い」感じで終焉を迎え、いずれにしても、起伏激しく、気分がゆすられ続けた読書体験でした。

だいたい、題名の『騎士団長殺し』の「殺し」の部分が、心穏やかでなく、読んでみようと思うまでに6年かかった、というのもあったかもしれません。

読み始めてすぐ、この題名が、オペラ『ドン・ジョバンニ』の一場面を表している、というのが分かって、少し胸をなでおろしましたが、それでも、「殺し」に感じた不穏な空気は、私の夜の読書を中断させるには十分な恐怖を、生み出していたのでありました。

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という、今回は、読書感想文的なご報告でした~。

«「冬の訪れ」の始まり

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