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2013年4月13日 (土)

新年度☆2013 ― 過ぎ去りし3月を振り返りつつ

新年度になって、もう2週間がたった。

3月から4月にかけての 「おいてけぼり」 感は、年々増すような気がする。

それは、たとえば、NHK朝の連続テレビ小説 『純と愛』 を見ていて、初めは 「なんだかなぁ~」 と思っていたのに、見ているうちにすっかり引き込まれ、毎朝楽しみに見るようになり、「愛くんは果たして目覚めるのだろうか?」 とか、「純のまほうの国ホテルは、どんな風になるんだろうか」 とか思っているうちに、3月30日をもって、それらの疑問を残したままブチっと終わってしまい、その2日後にはまた、全く知らない新しいドラマ 『あまちゃん』 が始まってしまい、朝の習慣として、仕方なくまた見ることになる、という感じに、よく表れている。

「あー、もっと見たかったのにぃ~」 という惜別の念も満々のうちに強制終了。「え、何これ?」 という予備知識なしの未知のものに強制遭遇。そして、気持ちは置き去りのまま、その未知のものとの新しい生活が始まる ・・・。

学校関係者にとっては、「卒業」 と 「入学」 がこの 「新旧交代劇」 に相当しますが、今年は 『純と愛』 同様、卒業生たちへの惜別の念もひとしおで、そして 『あまちゃん』 に感じるように、新入生たちの出現もまた、唐突な感じがして ・・・。

今年の卒業生は、去年の16人に比べて、倍増の30人。6回生までやった学生さんが10人もいて、5回生も同じく10人ほどいて、やっぱり長いつきあいになると、別れに際しても、いろいろと思い出が尽きず ・・・、特に、「就活だっ」、「卒論だっ」 で苦労した学生さんたちには、「やれやれ、やっと卒業」 という安堵感と、お互いによく 「馴染んだ」 のに、もうお別れ、という寂寥感とがないまぜになります。

downwardright  5回生の3人と同僚のY田N子とT村さんと
20130325a

それにしても、学位記授与のシーンから涙を見せていたY田N子につられたのか、今年の卒業式は、私もなんだか泣けて泣けて、謝恩会の最後のスピーチでは、涙で言葉がつまって、まともに祝辞を言えないほどでありました。

あの涙のシーンは、前田敦子 (のものまねをするキンタロー。) 風に、「私のことは忘れても、スワヒリ語専攻のことは忘れないでくださいっ!」 くらい言って〆るべきだった、と今になって反省するが、もちろんあの時はそんな余裕はなく、ただただ涙に暮れるばかりなのでありました。

なんで今年はあんなに泣けたのかなぁ~ ・・・、と思い返すに、もちろんY田N子同様、「年のせいで涙もろくなった」 というのもあるが、それ以上に今年は、私の心の中が、かなり湿っぽい状態だったせいもあるかなぁ、と思う。

湿っぽい状態を熟成していた要因 : その一

去年の秋にT村さんのお母さんが亡くなった。T村さんは私の4歳下で、彼女のお母さんは私の母の4歳下で、つまり、25歳で娘を生んで、その下にもう一人子どもをもうけ、子どもと家族のためにその生涯を捧げたような人生を送ってきた、ということが共通している。そして、それぞれの娘のために、孫の世話を一手に引き受けてきたことも、共通している。

今、私の母が亡くなったら 「それは、困ります!」 くらいの現実的な感想しか浮かばないが、お母さんとの精神的なつながりが、私よりずっと強かったT村さんにとって、その喪失感というのは一体どれほどのものなんだろうか、と、彼女がたまにお母さんの話をするときに、ふっと思っては、しんみりと泣けてくる。たぶん、自分自身の悲しみよりも、人の悲しみを想像する方が、泣けてくるんだと思う。卒業式とは直接関係ないんだけど、ずっとそういう気持ちが心の中にあって、常に涙が 「スタンバイ」 状態にあることはまちがいなかった。

湿っぽい状態を熟成していた要因 : その二

今年の卒業生の中に、お父さんがガーナ人でお母さんが日本人という子がいた。私のゼミ生だったけれど、とにかくおとなしい子で、自分から自分のことを語ることはほとんどなかった。私のゼミでは、いつも4年生に 「異文化体験」 の作文を書いてもらっているのだけど、彼女は、小さい頃から投げかけられてきた見知らぬ他人からのぶしつけな視線をずっと不快に思ってきたこと、そして、高校の時に行ったシンガポールで、初めてそんな視線を感じずにすんだこと、そして、この大学のキャンパスでも、そんな視線から自由でいられたことを書いてくれた。

彼女が感じてきたであろうこの国の 「居心地の悪さ」 を想像する時、胸が詰まる思いがする。そして、そんな彼女が、シンガポールと同じように、この大学のキャンパスに解放感を感じてくれていたことに喜びと誇りを感じる。作文を読んで以来、ずっとそんな気持ちが心の中にあって、その彼女が謝恩会のスピーチで、「自分がアフリカにルーツをもつ人間であることを誇りに思う」 と語ってくれて、万感の思いが押し寄せたのでありました。

湿っぽい状態を熟成していた要因 : その三

ダンナがこの春、突然の異動を命じられた。14年間勤めた高校から別の姉妹校への転勤。寝耳に水的不本意な異動。3月の初旬に言い渡されてからずっと、我が家の空気が重かった。ほとんど無言となったダンナに、家族といえどもかける言葉もない状態がつづく。そういう状態というのは、上記二つの要因と違って、直接 「涙」 をスタンバイさせるものではないが、やはりどこか心を不安定にさせていて、涙に対してセンシティヴな状態にさせられていたのだと思う。

♪ なみだのかずだけ、つよくなれ~るよ ♪

とか歌いながら、そんな3月を振り返るのでありました。

  ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ななみちゃんは何年生になったのかなぁ~?

20130405_2

「2年生~っ!」

こちらも、いろいろなものが 「おいてけぼり」 のまま、どんどん進級していく感じになってきた。

ようやく、ひらがなが読めるようになり、いくつか書けるようになってきたが、「あ」 と書いているつもりでも 「ね」 みたいに見えるし、「や」 は 「か」 みたいだし、「え」 と 「そ」 がおんなじようだし、・・・ っていうので、春休みにちょっと教えましょう、なんて思うと、案の定、「ちがう、ちがうっ! そこはまっすぐじゃなくて、まぁるく上に書かないとっ!」 とか、「ちがうでしょっ! どーして、まっすぐに書かないで、上に向けるかなぁ!?」 って激昂して、泣かせてしまうし ・・・。

知的な面における発達も心配だが、身体的な発達における心配のタネもつきず、成長ホルモン注射と、就寝時のコルセットによる矯正も、毎日欠かせない。

脊柱の側弯度は、この3月の検診で 「60度」 と診断され、思春期に成長が止まった時点で背骨を矯正する手術をすることは決まっているが、それまでに1度、中間段階的な矯正の手術をしておくか、しておかなくていいか、の判断がつきかねる状態らしい。できることなら、なるべく手術はしたくないので、「それではもう少し様子を見ましょう」 ということになっている。

3月の検診では、初めての若いドクターが診てくれたのだが、よくしゃべるそのドクターから、思いがけない言葉が。

「幼い子どもの脊柱側弯症で一番心配なのは、背骨が曲がる、ということより、そのせいで、肺や内臓がちゃんと発達しないってことなんですよ。 特に肺、ね。 肺が十分に発達しないと、大きくなってからいろいろと弊害が出てきますからね。 僕が七海ちゃんの親だったら、肺を鍛えさせますね。マラソンをやらせるとか、吹奏楽をやらせるとか、水泳をやらせるとか ・・・。」

うーん、そういうものなのか。 まぁ、その3つのうちなら、水泳でしょう。 ということで、みゆちゃんやすずちゃんが通っている ・・・、つまり、このあたりの小学生がよく通っている <履正スイミングスクール> に、さっそく通うことにしました。

運動面においても、かなり発達の遅れがあるので、2,3歳児と同じ 「メダカ」 クラスに入って、「水に慣れる」 ところから。 「肺を鍛える」 なんて段階は、いつになるやら ・・・ ですが。

2013_0323ah

upwardright 「はい、じゃ、せんせいのところまで、ポーンって飛びこんでみて!」

他の2,3歳児は、ポーンと飛びこみますが、七海は、コワいからというより、「ポーン」 と飛びこむ、という体の動かし方が分からない、といった感じで、しばらく屈伸運動のような動きをしたのち、ずるずるとかがんで片足から入水するのでありました。

いつになったら、「肺が鍛えられる」 状態になるでしょうかね ・・・ 。

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コメント

お久しぶりです。卒業式、入学式(おっと、その前の卒論指導も忘れちゃいけない)など春は気候も不安定なのに、気持ちも振幅の大きな時期ですね。でも、平坦にスラッと見送るようになったらこの仕事をおしまい時かもしれないと考えている私です。ご主人さま、異動大変でしたね。うちも2度も住居の変わる異動の際は、気持ちも体力も尽き果てたような気がしました。辞令を出す側は、簡単ですが、受け取る方は心の整理が必要ですよね。まったく。。。まあ、所詮組織はそんなもの、と鴨長明の如くの気持ちで流さないと、やっていけないと学びました。ご主人さまお大事になさってください。

まずは、ななみちゃん、2年生進級おめでとうございます。周りのお友達とはちょっとスピードが違うかもしれないけど、でも1年前よりもたくさんのことを覚えて、大きくなってますよね!1年生のななみちゃんには2回も会えて良かったです。また2年生のななみちゃんにも会いたいなー。
そして、3月から4月にかけて、色々とお疲れ様でございました。昨年も同じようなことをコメントした記憶がありますが、先生という職業の方々は、この季節は寂しい別れもあるけれど新しい出会いもあり、毎年新鮮な気分を味わえて羨ましいなと思います(その分、色々大変だとはお察ししますが)。私なんぞ、今年は新入社員もゼロで、何の「フレッシュ感」もございませんです…。せめて自分自身の気分だけは、と思いますが、「木の芽症候群」っていうんですかね、花粉も手伝ってか何だかだるい日々です。ピシッとしたいなー。

cherryblossom Nora さま  club のせぽんさま、

コメント、ありがとうございました。
今年の春は、いろいろと心揺れることが多かったです。
去年あたりは、かなり 「平坦にスラっと見送るように」 なってしまったなぁ~、と思っていましたが、今年のこの 「激情的な見送り」 ぶりを見ていると、人の気持ちというものは、いろいろなことで、常に揺らいでいくものだなぁ、とも思いました・・・。

「木の芽症候群」? 初耳 shine
なるほど、確かに、木の芽がめぶくよい季節にもかかわらず、人間世界では気候の変化や人間関係の変化に、逆に調子が下がっちゃうってこと、ありますね・・・。
しばらくは、ゴールデンウィークの骨休めの時まで、このままジリジリとがんばりましょうか punch (← どこか士気のあがらないゲキのようですが・・ sweat02

七海ちゃんスイミンング始めたんですってね!
楽しく通ってますか?

進級すると、先生やら、お友達やら、今まで積み上げてきた関係が、また一からリセットされて…色々ありますね~。

多くの人は新しい人間関係によって、人生がより豊かになっていくものなんでしょうが、一方、周囲の理解や支援を必要とする子は“広く浅く”よりも、“狭くても深い”人間関係を必要としてるんですよね。
それが毎年リセットされるというのは、本人も親にとっても結構キツイなと感じている今日この頃です。

また履正の送り迎えで会えたら良いなぁ♪♪

wave ミユママさま

そうなんですよ、ちょうど、ドクターからのお話があった後に、ミユママから履正スイミングスクールのお話をうかがったので、さっそく春休みの短期スクールに行ってきました heart02 

ほんとに、いいタイミングでお話を聞けてよかったなぁ~って思っています。
どうもありがとうございました note

しかし、まぁ、予想していたとは言え、みゆちゃんの足元にも及ばない未熟ぶりで、
ずっと 「メダカ」 留め置き・・・(^_^;)
来月から正会員として通いますが、やっぱり 「メダカ」 から! 
いつになったら、「スイミング」 になるんだろうかと苦笑してます (^_^;)
土曜日の午後の早い時間のクラスなので、みゆちゃんとは入れ違いですが、毎週お目にかかれるので、よかったです heart04 (すずちゃんパパには何度かお会いしました)

ミユちゃんは2年生になっても元気に通っていらっしゃいますか?
うちは、幸いなことに、支援学級の担任の先生が去年と同じで、去年と変わらず同じように指導してもらえているので、よかったです。クラス担任は変わったんですが、去年の1年生の担任だった先生なので、七海のこともよく分かっていてくださって助かりました。ただ、やっぱり、お友達の多くが新しく知る子たちのなので、そのへんはやっぱりちょっと緊張してしまいますね・・・。

どちらかと言うと、今回、うちの小学校では、校長先生が電撃的に退職されていたので、そのことの方に、親が驚き、動揺してしまいましたけどね・・・sweat01
(七海の入学に際して、いろいろと親身になって相談に乗ってくださった校長先生だったので、さよならも言わずにお別れなんて! と、私の方が動揺・・・ sweat02 離任式にもいらっしゃらなかったそうで、いろいろとおありだったのかなぁ~、とか、思っていますが・・・)

また、スイミングでお目にかかれたらいいですね heart01


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