脊柱側弯症

2016年3月31日 (木)

入院生活、終わる

いろいろな人に心配してもらっていた七海の手術。
脊柱側弯症の手術@神戸医療センター が無事に終わり、本日めでたく退院となりました。

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upwardright 「退院しま~す。みなさん、たくさんの励ましを、ありがとうございました。」(手術後、ビミョーに首が傾いたまま・・・)

執刀していただいたドクター、世話をしてくれた看護師さんたち、そして心配してくれたみなさんに、心から感謝したいと思います。

3月15日から入院したので、ちょうど半月の入院生活となりました。

3月16日(水)、午前9時から午後5時までという8時間にも及ぶ大手術でしたが、執刀医も大満足の出来だったようです。手術は結局、一番軽度の矯正をかけるもので、「90度」という弯曲が「45度」に改善した程度で、背骨がまっすぐになったわけではありませんが、現在の処方としてはベストなもののようです。骨をまっすぐにするために入れたチタンの金属棒は生涯七海の体に残るそうで、「あー、七海が死んで焼かれたら、その金属棒が出てくるんだろうなぁ」と思ったことでした。

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upwardright 手術直後はICUで一泊。泣き疲れて眠る七海

術後の経過は順調で、きっちり2週間後の30日(水)に抜糸、翌日の31日、退院となったのでありました。

と、表面上は、まったく問題のないスムーズな手術の経過でありましたが、それに付き添う付添人の2週間は、なかなか過酷なものでありました。いや、「過酷」などという言葉を使うのがそもそも大げさすぎるのでしょうが、忍耐力、適応力が試される2週間であり、それらがまだまだ足りない、ということを認識する入院生活でありました。

「病院はホテルではない」 ー まず初めに認識し、適応を迫られた事実です。

って、あたりまえじゃんっ! とツッコミたいところですが、「外泊する=ホテルに泊まる」 という、体に染み付いた無意識の認識をあらため、適応しなければなりませんでした。

そう、病院はホテルではないのです。入院患者のための看護サービスはあっても、付添人のためのサービスはありません。せめて個室にでも入れたら、多少は 「ホテル生活」 に近い入院生活を送ることができたのでしょうが、個室希望者が多く「空き待ち」状態。ようやく 「個室空きましたけど、どうされます?」 と聞かれたのが退院5日前で、「いや、もういいです」状態でした。

幸い、付き添い用のベッドの質の向上については、入院前から対策を講じ、キャンプ用のエアーマットを購入し、さらにY田さんからのアドバイスに従って、大き目の段ボールを2枚購入してエアーマットの下に敷き、腰の部分が沈み込むのを防止し、羽根布団と枕も持ち込み、耳栓・アイマスク完備で、万全の睡眠環境を整えました。

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upwardright 4人部屋の一画。起床したら、布団、エアーマットをたたみ、折り畳みベッドを半分にたたんでおく。それがいちいち面倒でした。


しかし、結局、私の睡眠は、手術という大きなインパクトを受けて精神的に後退し、多少「おかしく」なっていた七海の、夜中2,3時間おきに繰り返される「ママ、ママ! 起きて!」という呼び掛けに遮られ続け、最後の日まで「安眠」は得られなかったのでありました。

うーん、この事態は 「病院はホテルではない」 こととは、直接関係ありませんね。手術によってもたらされた七海の中の異変が引き起こした事態でしたが、この事態に適応するのに一番、忍耐力と適応力が必要でした。

そして、さらに忍耐力と適応力を要したのは、「自分のやりたいことを、やりたい時にするという自由」 を放棄する、ということだったでしょうか。

「さぁ、本でも読もみましょう」と思っていると、看護師さんがきて何やら説明。本読み中断。 「やれやれ、コーヒーでもいれよ」と思うと、ドクターがきて傷口の確認。コーヒー我慢。 「さぁ、メールチェックしよう」とパソコンをあけると、リハビリの先生が七海の歩く様子を確認に来る。パソコン・スリープ。 夕食をレンジでチンして、さぁ、食べようと思うと、七海が「トイレに行きたい」と言い出す。トイレに連れて行って帰ってきたら、冷めている夕食。

「付添人にはあり余る時間がある」と思っていた認識を、「付添人に求められるのは常にスタンバイ」という認識に変えるのには、苦労しました。持ち込んだ大量の本を、そのままページもめくらないで持って帰る虚しさと手間と荷物の重さったら。

しかしまぁ、季節のよさも手伝って、あまり着替えをせずにすみ、また入浴せずとも不快にならずに過ごせたのは幸いでした。

と言いつつも、1週間も入浴せずに過ごしていると、さすがに気持ちがどんよりとしてくる。

同室だったおばさんから、近所にスーパー銭湯があることを聞き、1週間が過ぎたころ、七海が寝たすきに抜け出し、ようやく入浴を果たしたのでありました。あ~、1週間ぶりに、しかも温泉に! つかった時の幸せったら。 極楽、極楽。 この入院生活の中で一番、幸福を感じた瞬間でした。

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downwardright 入院生活中に、外泊して臨んだ卒業式

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そういう意味でも、いつまでも忘れられない卒業式となることでしょう。

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downwardright 手術を担当してくれたドクターと記念撮影。
  若いけれど、とても頼りになるドクターでした。

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入院生活を締めくくるにあたり、入院生活中に知ったトルストイの一文を記しておきたいと思います。

「忍耐と時間、この二人の戦士ほど強いものはない」(『戦争と平和』)

どのような局面にも通用する言葉かと思いますが、入院生活はまさに、忍耐と時間。

忍耐強くこの状況を耐えるのみ。時間が経てば病人は回復する。時間が経てばすべては終わる。

この入院生活で、少しは私の忍耐力も・・・、と期待したいところですが、そんなのはきっと、「のど元過ぎれば・・・」 なんだろうなぁ~。

2016年2月28日 (日)

迫る入院生活

3月の七海の手術を控えて、まずは第1回目の「貯血」に行ってきました。

手術の時に、自分の血を輸血するために貯めておくもので、1回で400cc と聞いていたけど、さすがに七海の体では小さいと判断されたのか、1回200ccの貯血となりました。1回目は1泊の入院をして、他にCTや心電図、レントゲンなどの検査も。

downwardright  「はい、大丈夫ですよぉ。上手に取れてますからねぇ」

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downwardright さすがに200ccが溜まるころには、七海もやや朦朧と・・・。

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翌日に担当のドクターから、手術の説明を受ける。

手術が決まった去年に聞いた話では、1回の手術で骨をまっすぐにして固定させてしまうということだったが、今回の話では、2回に分けて手術することになったらしい。

10歳未満の子供の場合は、1回目は部分的に矯正して、他の骨が伸びる可動域を残し、2,3年後に2回目の手術をして、最終的な固定をするらしい。12歳以上なら、1回の手術で骨を矯正して固定してしまうらしい。

ちょうど10歳という七海は、ドクターも悩みどころらしく、一旦は「10歳も超えているので、1回の手術で」ということだったが、「やっぱり、まだ、固定してしまうには、背が低すぎる」ということで、2回の手術ということになった。

そ、そんなぁ~。

冷静に考えれば、もう少し背を伸ばす余地を残すためなのだから、有難い選択なんだろうけど、2回もこんな大手術を・・・、と思っただけで、気持ちがどんよりと重くなった。

しかも、付き添って病室で一泊しただけで、「入院生活」の大変さを予感させるものがあって、なおさら気が重くなった。

入院生活。 そう、七海だけでなく、付き添う私にも、ガッツリ「入院生活」が待っている。

神戸とは言え、車で2時間、よく渋滞する高速が混雑すればそれ以上はかかる病院ゆえ、しょっちゅう家に帰れるっていうものでもないので、私も病院に住み込む覚悟で臨むのですが、その入院生活のQOLにたちこめる不安要素。

まずは付き添い用のベッド。 病院から貸し出される付き添い用のベッドというのは、折り畳み式の簡易ストレッチャーみたいなのに薄いパッドを敷くだけなので、体が痛いし、寝返りもままならない。安眠とはほど遠い「ベッド」。

短くて2週間、へたをすれば1か月近くになる入院生活に備えて、なんとかしなければ。 「寝具持ち込み可」と入院案内にあったので、何を持って行こうかと、そればかりが気になり始めている。

それから、朝・昼・晩の食事。 1泊なら何とでも済ませられても、2,3週間となれば、コンビニや食堂のメニューだけではねぇ。

七海の手術の心配が、いつしか、自分の「入院生活」の心配に取り変わりつつある母親なのでありました。

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「吉凶相半ば」の今年、「凶」の相は、久しぶりに我がカムリくんにも(涙)

貯血入院をしている間、病院の駐車場に停まっていたカムリくんでしたが、翌朝見てみると、カムリくんのお尻にひどい擦り傷が! 1泊している間に、どこかの車に「擦り逃げ」されてしまったのでした。

downwardright  数字「1」の下あたりに、塗料が剥げたあとが!

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ひとから見れば、ほとんど気にならないような擦り傷でしょうが、もう、うちのカムリくんには一大事! なのであります。)

うぬぬぬぬぅ、うちのかわいいカムリくんに、なんてことを!

ひとときたりとも、カムリくんのそんな痛ましい姿を見ていたくない私は、すぐにカーコンビニクラブに飛び込んで、修理を依頼しました。

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upwardright 「見積もりは2万7千円になりますね」

ぬぁんと! 今回、七海の貯血入院1泊の費用、いろいろな検査やらなんやら込み込みで、病院に2万7千円払ってきた帰りだったので、耳を疑った値段。

あー、カムリくんも、七海と同じように、入院したってことなのね。

これは、きっと、いわゆる「身代わり地蔵」的な? 同じ災厄をかぶって、七海の厄を少しでも減じてくれる、みたいな?

あー、なんてけなげなカムリくん! 「カムリくんの恩返し」ってやつですね、きっと。

ということは、これは、「吉」の相にも通じる、奇跡の「擦り逃げ」事件だったのかもしれません。 と、信じて、この「入院費出費2倍事件」をやり過ごしたいと思います。

カムリくんも応援しているよぉ~! の入院生活まで、あと2週間!

2015年11月27日 (金)

浜の真砂は尽きるとも

「世に盗人の種は尽きまじ」というのが本歌だそうですが、若いうちなら「世に悩みの種は尽きまじ」。 子どもをもってのちは、「世に心配の種は尽きまじ」というのが、口にしたくなる下の句ではないでしょうか。

子どもの心配の種は尽きまじ。

どんなに健康で、優秀で、手のかからないお子さんの親でも、きっと何かしら「心配」の種は尽きないのではないだろうか、と思う今日このごろ。

いわんや、我が子をや。

ようやくひらがなは書けるようになったが、まだ思うように文が書けない、とか、漢字はまだ全然書けない、とか、一ケタの足し算は指を使ってなんとかできるようになったが、二ケタになるとどうしようもない、とか、手袋をはめようとしたら、一つ一つの指を入れることができない不器用さ満開とか、

のどにささった魚の小骨のような心配が、常日頃からチクチクしていますが、先日はまた、久しぶりに大きいのに見舞われてしまいました。

4歳の時に発覚した七海の脊柱側弯症。コルセットなどして進行を抑える努力をしてきたが、側弯の角度がついに90度に至ってしまった、ということが、前回の検診で発覚。そして、ドクターいわく、

「もう少し成長を待ってからと思っていましたが、90度というのは限界です。なんとか10歳を過ぎているので、手術したほうがいいでしょう。」

しゅ、しゅじゅつぅ~!? 
心配というものは、ある日突然に告げられたり、始まったりするものであります。

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upwardright 七海:「こんな風に、背骨に金属打ち込んで、まっすぐにするんだって」

って、おぉ~、くらくらする・・・。

手術すると、金属で固定する部分の骨はもう伸びないが、曲がっている骨をまっすぐにして伸びる分と、固定しない部分の伸びる余地を考えれば、背はもう少し伸びるらしい。

手術しないでこのまま側弯が進行すると、肺や内臓の成長に支障をきたすことになり、そちらの方の弊害が大きくなるとのこと。

若いドクターは、こちらの疑問や質問、心配やら不安やらの問いにすべて丁寧に答えてくれ、しかも、側弯症の手術では実績の高い神戸医療センターの宇野ドクター率いるチームに手術してもらう、ということだから、何の心配もいらないというものですが、そこはまぁ、浜の真砂のように、かきとってもかきとってもかきとりきれないのが心配、というものですね。

背中を切り裂いて、背骨に金属を打ち込んでいく手術・・・。
ふぅ~。

なるべく学校の休みの時に、ということで、3月中旬ごろの手術予定となりました。手術に使うための自己血液を貯血するということで、手術前に3回も400ccの血を抜きに行くらしく、それだけでも、もう、くらくらです。

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七海自身は、「しゅじゅつ」というものに漠然とした不安を感じているようですが、一番の心配は、終業式を休むことと、そうすると「あゆみ」がもらえないのではないか、ということ。「ママが代わりにもらってくるから大丈夫」と言っても、何度も同じことを聞いてくるので、かなり心配だった模様。

しかし、そのうち、心配事はサンタクロースからもらうプレゼントに移りました。

「あー、今年は、何をお願いしようかなぁ」

ということで、トイザらスに下見に行ってきました。

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upwardright 七海:「ようかいウォッチの、コマさんにしようかなぁ」

母: (おぉ、そうしなさい、そうしなさい。今なら全品15%オフ!)

七海:「ママァ~、写真撮ってぇ。サンタさんの手紙に、写真はっとくわ。」

母: 「あぁ、それがいいねぇ。サンタさんも分かりやすくて」

七海:「サンタさんは、ここへ買いにくるんかなぁ?」

母: 「あ、いや、どこか別の場所で調達してくるんじゃないかなぁ」

七海:「どっかで注文するんかなぁ?」

母: 「まぁ、最近だと、アマゾンとかで注文したりして。はは。」

七海:「・・・」

母: 「あ、いや、サンタさんは、こどもたちのためにプレゼントを集めて配るのが仕事やからね」

って、このような茶番は、いつまで続けられるでしょうか。

サンタさんが、こどもたちのためにプレゼントを配り、親たちのために「心配」を持ち帰ってくれますように。

2014年10月31日 (金)

七海ちゃん近況

先日、久しぶりに大学時代の友人たちに会った。

フランス在住のK子さんの一時帰国に合わせて再会。どれだけ久しぶりに会っても、「ぜんぜん変わらないねぇ」 という感想は、いつも変わりませんね。

downwardright 私の向い側に座っていた4人

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(この向い側、つまり私の側も写真を撮ってもらったんだけど、もう最近、自分の写真の姿にゲンナリさせられること多し、で、掲載は見送り。一緒に写ったM野さんとG瀬には、申し訳ない<m(__)m>)

K子さんが、「ブログ楽しみにしてるよ。いつ更新されるかなぁって、いつも覗いているよ」 と、とても嬉しいことを言ってくれたので、これはがんばって更新しないと、ということで、10月の最終日にギリギリ更新です。

ブログを始めた2006年3月は、七海が生まれて7か月、翌月からは人生初の「就職」、という時期だったので、新しく書くネタは尽きませんでしたが、さすがに8年もたつと、特筆すべきことが見つからなくなってきます。

1年のルーティンはほぼ同じだし、大学関係ネタも私生活ネタも、毎年ほぼ同じようなことの繰り返しだし、で、更新も滞りがちになりますが、なんとか毎月末に一度は、近況のご報告をしたいと思います。

ということで、今日は、久しぶりの七海ちゃんの近況、ご報告ぅ~。

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七海は去年の春から、「肺の成長促進」 を目的にスイミングに通い始めましたが、この10月からは、それに加えて、体操クラブにも通い始めました。

まぁ、「身体の健やかな成長」 を目的に、と言いたいところですが、「でんぐり返し」 っていうんですか、マットの上で、頭をつけてグルンと一回りして立つ、1年生の体育の授業でやるような、あれですが、あれが、七海はできません。

頭をつけて前へ倒れて、背中がマットにつくと、そのまま体が伸び、仰向けに寝た状態で止まります。

普通なら、教えられなくても、自然にできそうな 「でんぐり返し」 ですが、身体能力の低い、というか、身体の使い方自体がまだ、いまいちよく分からないような七海には、とても難しいことのようです。

ということで、でんぐり返しの一つもできるようになって欲しいという、親の、有りがちな 「希望押し付け的」 習い事がまた一つ増えたというわけです。

まぁ、でんぐり返しがそうですから、いわんや跳び箱をや、ですね。

downwardright 「はい、七海ちゃん、ここに手をついて、脚を広げて、ポ~ンって跳ぶのよ」

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downwardright  「うーん、ちがうねぇ、七海ちゃん。・・・ なんて言えば、いいかなぁ~」

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「・・・。」

ま、こんな感じですが、気長に続けてくれたら、と思っている、何事も「先生任せ」の母でありました。

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体育もお勉強の方も、いろいろと心配事は絶えませんが、しかし、目下の心配事のナンバーワンは、何といっても、脊柱側弯症の進行でしょうか。夜はコルセットをして寝ていますが、なかなか進行を食い止める、というわけにはいかないようで、徐々に弯曲度が上がってきています。

このたびの検診では、コルセットが体に合わなくなってきたとのことで、作り変えることになりました。これで、4つ目のコルセットです。

前回同様、就寝時の装着用に、寝た姿勢での型取りぃ~。

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2年前の型取りの時よりは背も伸びたので、空中に寝る感じには余裕が見られましたが、やはりバーを掴む腕と肩には、若干の「りきみ」がみられました。

downwardright 固まった石膏は、縦に切り開かれます。ガシガシガシ。

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この型をパカッとはずし、それをもとにコルセットが作られます。

downwardright 出来上がったコルセットを試着。

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手に持っているのは、これまでのコルセット。・・・って、全体が白くて、何が何やら、よく分かりませんね(^^;)

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今回の検診の時、同じドクターに診てもらっているという青年に出会った。七海よりも進行度合いの強い側弯症で、生れた時からの障害のためにずっと車いすという高校生だった。

側弯症の当事者という人に初めて会ったので、側弯症の話で盛り上がり、七海の症状やら何やらいろいろと話し込んだ。

しばらく話した後、彼は唐突に、私に言った。「お母さん、自分を責めちゃだめですよ。七海ちゃんのことは、絶対お母さんのせいじゃないですから」

私はぜんぜん、自分が悪いとか、七海がこうなのは私のせいだとか、そんなことは言ってなかったので、ちょっと驚いた。でも、あとになってよく考えてみたら、私は会話の端ばしで、「七海は私が42歳の時に生まれた子で、」 とか、「超高齢出産だから、」 とか言っていて、それがそんな風に聞こえたのかな、と思った。そして、私自身も無意識のうちに、そういったことに責めを覚えていたのかもしれない。

「そりゃ僕も、車いすじゃなくて普通に歩ける体だったらいいなって思うことはあるけど、でも、これが僕だから。お母さんのせいだと思ったことはないし、僕を生んでくれたことに感謝してる。僕はお母さんが大好きやし。」

彼のまっすぐで素直な言葉が心に響いた。

彼のお母さんがどのように彼を育て、どのように慈しんできたかがよく分かる。

私はそんな風に七海に接し、育てているだろうか。

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彼は、来年の初めごろ、側弯症の手術を受けるそうです。

手術がうまくいきますように。 祈っています。

2012年1月30日 (月)

1月のバイオリズム?

「これでは <筋肉バカ> になってしまうかも!?」 なんて思いながら、カーブスでの筋トレに励み、プロテインをがぶ飲みしていたのもつかの間、1月の後半になって、スイッチが切れたようにパタンと倒れてしまいました。

はぁ~、単に風邪をひいて体調不良状態がずるずると続いているだけなんですが ・・・。 カーブスにももう、1週間も行けていません (涙)。

あぁ、元気なだけが取り柄なのになぁ~、なんて頭痛の頭を抱えながら、ブログで報告しましょうとパソコンに向かうと、このブログ、去年の1月の記事も 『風邪の1月』 というタイトル。(その記事は → こちら

去年も風邪をひいてカーブスを10日連続で休んだようで、 《1月は風邪で倒れる》 系のバイオリズムが形成されつつある!? と、我が身を振り返っているところです。

確かに1月は、年明け早々から、頭に血がのぼりやすい <卒論添削指導> があり、センター試験監督があり、期末テストやレポートなどの段取りがあり、年度末に向けてプロジェクトやら論文やらの巻きが入ってくる。

いっぱいいっぱいになっているところへ、<寒波到来> なんてことになれば、それだけで体力が奪われる。

そこに何かあとひとつ、無理をひと押しすれば、バイオリズムが一気に下降し、体がすべてを放棄することになる。 「あー、あれも、これも、しなきゃいけないのにぃ~」 と思いつつも、薬を飲んで布団にもぐっていることしかできなくなる。 おー、頭が痛い。

去年の記事を見ていると、その最後の <ひと押し> は、寒風の中の住吉大社詣でだったようですが、今年の <ひと押し> は、七海の就寝用ギプスであることは間違いありません。

去年の暮れに型取りし、1月20日に受け取ってきました。

downwardright  装着時イメージ図

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ななみ:「顔出しNG!」

上の写真では、普段着の上に装着しているが、寝る時は下着の上に装着し、かなり締め上げる。その上にパジャマを着て寝る。

重々言い聞かせていたので、寝る前はおとなしくギプスを装着してくれるが、それでも、胸の部分のバンドを締めると、「痛い、痛い」 と文句を言う。

脇の下あたりを叩きながら、「ここが痛い」 と訴えるが、そこを緩めると矯正の意味がないので、そのまま締める。 その後、くすんくすんと 「泣き寝入り」。

それで朝まで寝てくれればいいのだが、それでは恨みが晴れないのか、夜中に起きて、「いたい、いたい」 と訴える。

なだめすかして、なんとか寝かせるも、またしばらくすると苦しそうに寝返りをうってこちらにのしかかってくる。そのたびに起こされて、睡眠が中断される。

まぁ、本人にとっても、寝返りをうとうとすると、体が固くて自由に動けない、というのは、なかなか苦しいものでしょうが、こちらの 「とばっちり」 もかなりのものである。

2,3時間ごとに起こされる、というのは、6年前の授乳時期以来の 「拷問」 ですが、このように睡眠が中断されては、朝の寝起きも体がだるく、2,3日もすれば、風邪のひとつもひこうってもんです。

そんなわけで、今年の <ひと押し> くんは、七海の就寝用ギプスによってもたらされた不眠でした、ということですが、まぁ、こう書きながら、そんなことより、ギプスをして寝なければならない七海の不憫を、もう少し嘆いてやれよお母さん、って感じですね。はは。

ま、かくも苛酷なギプスではありますが、今のところは、せめてギプスで側弯の進行を抑えるしか方法がなく、これもまた、しばらくすれば生活の一部となって慣れていくかなと思いながら、深夜の攻防を繰り広げている。

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ブログで知り合った、七海と同い年の <未熟児友達> リカちゃんのママが、このたび、『つばめの会』 (摂食・嚥下障害児をもつ親の会) を設立されました。未熟児で生まれた子どもは摂食に問題をもちやすいようで、リカちゃんのママもずいぶんと苦労されました。

まぁ、もちろん、世間的に見れば、「ななみちゃんのママもずいぶん苦労されました」 が、「喉元すぎれば ・・・」 みたいな状態で、今は、脊柱側弯症の方に苦労が向きつつあります ・・・。

リカちゃんの摂食の問題も、もうおそらく 「喉元すぎれば ・・・」 の状態だと思うのですが、リカちゃんママは、子どもの摂食問題で同じように悩んでいる親御さんたちの力になりたい、ということで、親の会を設立されました。

自分の問題の苦労ばかりを嘆いて、周りの人の苦労まで思い及ばず、自分の問題の解決ばかりに気をとられて、周りの人の苦労にまで手を差し伸べることなど、思いもよらない自己中心的な我が身を深く省みました。

だからといって、急に 「活動的」 になるようなタイプでもない我が身なので、リカちゃんママの活動を、まずは心より応援していきたいと思います。(「つばめの会」のHP → こちら ; 私も体験談を書かせていただきました) 

と言いつつ、『側弯症患者の会 (通称ほねっと)』 という団体があって、それに加入しようかどうかと、やはり自己中心的に悩んでいる。

2011年12月28日 (水)

よいお年を

20111217a気がつくと、もう年末ではないか。 早い、早い。

ジョンレノンの命日も、雅子妃の誕生日も、忠臣蔵の討ち入りも、ななみちゃんの終業式もクリスマスも、あっという間に過ぎてしまった。

「クリスマスには、ウルトラの父母からプレゼントをもらいました ☆ 」

年を越す前に、この1年を振り返っておきましょう。

我が家の一大ニュース 2011

はい、今年のニュースは 「引越し」 の一大に尽きます。

引越しして一番よかったことは、旧居にて毎日、壁や床を見ながら 「あー、汚いなぁ~。なんとかしたいなぁ~。」 と思っていた気持ちの曇りがスッキリと晴れ、「あー、どうしようかなぁ~。捨てようかなぁ~。」 と悩んでいた多くの品々を、バッサリと 「断舎離」 できたことです。

新居においては、もうすでに、物が散らかり始めている部分がなきにしもあらずですが、それでもすぐに、原状回復できる余裕の美しさが嬉しい。

で、めでたし、めでたし、の2011年だったかというと、住まいに反比例して、そこの住人たちの身体的状態は、<下方指向> なのでありました。

まず、<ザ・中間管理職> のダンナであるが、<ザ> の見本のような体調の不調が顕在化した。 春先には、あまりの不眠状態に、医者に診てもらいにいくほどだったが、そこの医者に、「これは立派なうつですよ」 と言われたくらい。

職場の健康診断の結果では 「高血圧」 が判明し、【すぐに病院に行ってください。 家族のために】 というような、親切な助言的脅迫的メッセージ入りの結果診断書をもらって帰ってきた。

おそらく彼のこれまでの人生の中で、一番 「最悪ぅ~」 な体調の1年だったかと思われます。

まぁ、私なら、とっくに倒れて休職するか辞めているか、というような状況ですが、ダンナは未だ職にあり続け、がんばり続けておられます。まさに <ウルトラの父> 。 鉄の意志でもって。

そう、鉄の意志。 ふだんは <放蕩ダンナ> ぶりをいかんなく発揮しているダンナですが、こと 「問題」 に対面する姿勢は、まさに 「鉄の男」 です。

「タバコを止める」 と決めれば、( 『卒煙飴』 の力だけを借りて) キッパリとやめたし、「うつです」 と診断されれば、そのように診断されたことに対して 「腹をたてて」、うつをねじ伏せて生還した。

その鉄の意志、というか気力には、敬服して余りあるものがありますが、まぁ、それでも、高血圧なんて症状は、気力だけで克服できるものでもないでしょうから、ここはやはり、鉄の意思でもって、休むなり通院するなりして、克服していただきたいところです。

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つづきまして、ななみちゃん。

本人は、いたって健康で、毎日機嫌よく過ごしているが、この1年で、脊柱側弯症がさらに進行した。側弯の度合いが、初めは40数度だったものが、先日のレントゲン診察では54度となっていた。70度くらいになると手術が必要なのだそうだ。

原因は不明で、背骨が勝手に曲がって伸びていくので、薬や整体でどうにかなるものではない。唯一、ギプスでまっすぐな姿勢を保つことだけが進行を食い止める手段である。

ギプスは24時間着用が理想だが、なかなか難しい。普段は、しょうとく園に通っている時だけギプスをしているような状態で、たいして進行予防になっていないような気がする。

なんとかしなければ! 

焦る気持ちがピークに達した12月の初旬、小児の脊柱側弯症の専門家という宇野医師@神戸医療センターを訪れ、<就寝時に着用するギプス> を作ってもらうことにした。

夜寝る時には、横になった姿勢に合わせたギプスが必要なのだが、宇野医師のところでは、そのようなギプスを作ってくれるということで、遅きに失した感はあるが、「夜用ギプス」 を作りに行ったのでした。

20111216「寝た状態のギプス」 というのをどうやって作るのかと思っていたが、本当に横に寝て、石膏の型どりをするのでした。

頭と肩口のところを台に乗せ、もう一方の台を太ももの下のほうに合わせて、胴体を宙に浮かせて、石膏包帯をぐるぐる巻いていく。

「あれぇ~」 の声も出ないくらい必死な感じでつかまっているななみちゃんなのでした。

年内は、この石膏の型どりだけで終わり。

来年1月に仮合わせに行き、早ければ1月の終わりから 「夜用ギプス」 を装着できることになるが、果たして、ななみちゃんはギプスをして寝てくれるでしょうか。

今から、さんざん言い含めてはいるが、どうなりますことやら。

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上記2名の、かなり深刻な事態を記した後に、不肖私のことを報告するのは大変気がひけるところではありますが、私の <下方指向> は、<上方指向> の体重との闘い、という往年来の問題に尽きるのでありました。

昨年末の一大ニュースで、「過去最高体重をたたき出した」 というようなことを報告したと思いますが、今年も同じ報告をしてどーするのっ、てことですね。ははは。

今年の健康診断では、<100を超えると要注意> といわれた内臓脂肪の値で <102> という数字をたたき出し、保健センターの人に、「体重を落としてくださいね~」 と軽く言われたが、そんなに簡単に落とせるなら苦労しませんって、という話なのだ。

うーむ。 本格的に、まずい。

ということで、週に3回は <女性だけのフィットネスクラブ・カーブス> に通い、30分の筋トレ&有酸素運動、というのをやっているが、体重というのは、落そうとすればするほど、しがみつく性格のものだったりするのでしょうか。

【がんばっているのに、なかなか成果がでない。そんな停滞期のあなたに!】

という、なんともツボを心得たキャンペーンが、現在カーブスでは展開されている。

【 体重を落とすには、脂肪を燃焼させなければなりません。】

【脂肪を燃焼させるには、筋肉を鍛えて基礎代謝力をあげなくてはいけません。】

【 だから、カーブスは筋トレと有酸素運動。でも、筋肉を鍛えるだけでは足りません。筋肉自体を作らないと。】

【 こんなにがんばっているのに、体重が減らないというあなた。筋肉が足りないのでは?】

【 運動後に摂取するたんぱく質が最も効果的に筋肉を作ります。】

【 運動後にプロテインを摂取する。これが一番効果的。】

【 さぁ、ワークアウトのあとに、コップ一杯のプロテインを!】

はい、はいっ! 飲みます、飲みますっ!

プロテイン、買います、買いますっ!

こうやって、人は通販商品を買い、サプリメントを摂取し、「でも、結局、体重、減らないよね ・・・」 なんていう結果を繰り返すのでしょうか。

分かっているんです、本当は、頭のどこかでは。

【 こんなにがんばっているのに、体重が減らないというあなた。筋肉が足りないのでは?】

という質問のところで、すり替えが起きていることは。

本当は、【 こんなにがんばっているのに、体重が減らないというあなた。 単に食べすぎでは?】

なんですよね、きっと ・・・。

でも、いいんです。 もう、申し込んだんです。 来年1月から、毎月送られてくるんです、プロテインが。 うちに。

昨日のカーブスにて。

J: 「あー、プロテインが送られてくるの、楽しみだなぁ~。送られてきたら、毎日、がぶ飲みしちゃうかも!」

スタッフ:「わっ、だめですよ!プロテインがぶ飲みしたら、太りますよ!」

・・・ 分かってますって。 冗談ですってば。

あぁ~、来年、「プロテインで体重が減りました。キラキラ!」 っていう報告を、早くしたいなぁ~ (遠い目)

ということで、どちらさままも、よいお年を (^_^)/~~~

2010年7月19日 (月)

ギブスの前途

4月の中旬の検診で、七海が <脊柱側弯症> と診断されて3か月。

当初の 《鈍器で頭を殴られたような》 衝撃は日に日に薄れ、毎日元気に過ごしている七海を見ていると、そんな 「重荷」 が七海の背中にのしかかっていることなど、忘れてしまいそうになる。

しかし、6月の再検査で、前回と変わらず、胸のあたりの脊柱がくっきりはっきり側弯しているレントゲン写真を見ると、「重荷」 はしっかりとそこにあることが再認識させられる。

「40から45度くらいの側弯で、かなりの程度です。このまま放っておくわけにはいかないので、とりあえず装具をつけて、せめて進行を抑えることにしましょう」

事態は何も変わっていなかったが、前回の重苦しい雰囲気とは異なり、今回は <いつもの検診プラスアルファ> 程度の空気の重さである。私の <初期衝撃> がなくなった上に、脊柱側弯症について 「お勉強」 してきた分の 「余裕」 と、ドクター自身の 「再認識」 と方針決定の 「確固さ」 によるものかと思われる。

「では、今日は装具の型をとってもらって、来週 《仮合わせ》、再来週から装具を着用する、ということにしましょう」

20100625bと、話はとんとん拍子に進み、整形外科の診察室のとなりにある <装具室> に移動して、装具の型をとることになる。

装具室には、『川村義肢』 という会社の技師さんがいて、さっそく型取りの準備をする。

ぴったりした筒状の布をかぶせられ、残りの端切れで髪の毛も覆う。何が始まるか分からない時は、いやに神妙なななみちゃんです。

「石膏で型を取る」 と言われ、「一体どうやって型を取るのでしょう!?」  と思っていたら、石膏に浸された太幅の包帯のようなものでぐるぐる巻きにされ始めた。

「え、なんですか、これは!?」
20100625c 

「あれぇ~、ミイラにされちゃうぅぅ~」
20100625d 

巻き終わってしばらくすると固まる。
その後、背中に通しておいた紐に沿って、ヘラのようなもので裂いていく。

20100625e
カポッ。 はい、脱皮ぃ~。

20100625f
1週間後、この石膏の型から作ったプラスチック製の装具ができていた。このあと、腰から下の部分を切り落として、さらに成形する。

20100702a
病院では 「装具」 と呼ばれているが、シロート的には 「ギブス」 あるいは 「コルセット」 と呼びたくなるシロモノである。

胸のあたりから腰にかけて、前からカパッとはめて、背中のベルトを締め上げる。

さらに1週間後、花柄がほどこされて、かわいく仕上げられた。
20100709b
↓ 後から見たらこんな感じ。

20100709a_2 見た目の感じから 「コルセット」 と呼ぶことにしたいところだったが、その実態の 「苛酷さ」 が知られるところとなった今、これは 「ギブス」 と呼ばれるにふさわしいだろうと考えている。

さっそく家に帰って装着してみたが、10分もしないうちに、七海は胸のあたりを叩いて、「くるしぃ。くるしぃ。」 と言い始める。

苦しいも苦しくないも、後の3本のベルトを 「これでもか」 とかなりきつく締め上げるし、また締め上げないと 「矯正」 の効果がない。基本的に「苦しい」ものなので、そう訴えられてもどうしていいやら・・・。

理想は24時間装着というが、無理ぃ~。 絶対むりぃ~。

30分くらいして、「とってぇ。とってぇ。」 と泣訴が始まる。

「だめだめ、ななみちゃん。がまんして。これしてないと背がまっすぐに伸びないからね。ななみちゃんの背骨をまっすぐにするためだからね」

なんて説得は、一切無効。

「はー、それなら、ななみ、ちょっとは頑張る!」 なんていう理解が及ぶようになれば、連続して装着できるようになるんでしょうが・・・。

涙の訴えは激しさを増し、1時間後には、「近所の人が 《虐待》 の通報でもするんじゃないか」 とひやひやするほどの喧騒となり、ギブアップ。

20100709cギブスをはずすと、下のTシャツは汗でぐっしょり。<発汗ダイエット> でもここまで汗はかかんやろ、って感じで、思うに最悪の季節に装具装着を始めたようです。

本人が進んで受け入れていないという点において、《大リーグボール養成ギブス》 よりもさらに 「苛酷」 ということで、これを今後 「ギブス」 と呼ぶことにしました。

見た目、こんなにかわいいのにぃ~。

← 「でも、ほんと苦しいんっすよ、せんせい」

お誂えギブスがこのまま <お蔵入り> かと思うと、側弯症が進むかもしれないという心配の前に、「8万ウン千円もするのに!」 という <もったいなさ> が先立つ。結局は保険で全部支払われるものであっても、 <もったいなさ> には変わりない。

どうしたものかと途方にくれていたら、先日、しょうとく園の懇談で、明るい兆しが。

ギブスを持参して説明し、「どうしましょう・・」 と相談したら、「じゃ、こちらでお預かりして、園にいる間、少しずつでも着けるようにしましょう」 とご提案いただいた。 おー、なんと心強いご提案!

しょうとく園には肢体不自由児も通っているので、理学療法士や作業療法士の方もいて、装具類には慣れていらっしゃる。

ななみのギブスも、作業療法士の先生が、「わー、かわいいっ! ななみちゃん、これ、着けてみよっか」 と言って、慣れた手つきでキュッキュッとつけてくれ、担任の先生たちも拍手で絶賛してくれる。

「わー、ななみちゃん、かっこいいっ! か~わいいっ!」

そうすると、ちょっと嬉しそうに照れくさそうにしながら、家では10分ともたなかったギブスを、懇談の間の小1時間、文句も言わずにつけていた。

ふむ。これなら、園にいる間、少しずつでも付けていてくれそうだ。 この季節、園では毎日のようにプールがあって、着脱の手間も倍増なのだが、そこはひとつ、先生方、どうかよろしくお願いします<m(__)m>

2010年4月18日 (日)

2010★新年度

新年度が始まって、もう半月以上もたってしまいましたが、一昨日は東日本で雪が降ったりして、まだまだ「3月」みたいな気分なのは、お天気も私も、同じです。

あれよあれよという間に、新学期が始まっちゃっているのに、なかなかシャキっと気分があらたまらないのは、春休みに引っ越した研究室がまだ、ちゃんと片付いていないからでしょうか。

20100412a新しい研究室は、B棟7階の北側。窓の外には、グランドと体育館と、その向こうには造成中の地肌茶色い山が見える。広さは前の研究室の3分の2くらいに狭くなったが、もともと、あまり物がなかったため、引っ越してからも「窮屈」な感じはなく、まだむしろ 「がらん」 としている。

これで、この一角に、スワヒリ語の研究室がみんな集ったわけで、そういう点では便利になりました。学生さんにしても、訪ねた研究室の教員がいなくても、隣に別の教員がいる確率が高くなり、ちょっと便利かも。

今年のスワヒリ語新入生はちょうど20名。(いまさら、こんなことをいちいち書く必要もないのですが、1991年生まれのお子さまたちです、ご同輩のみなさん。「91年って、こないだじゃんっ!」とか、「私が結婚した年ぃ~!?」 とか、あらためて驚いているご友人ご親戚のみなさん、時代はそういうことになっております、はい。)

そして、新2年生、新3年生も、だれ一人として留年することなく、きっちりと進級した。そう、<新生☆阪大スワヒリ語生> の1期生と2期生たちである。つまり彼らは、専攻語必修単位を、だれ一人、一単位も落とさずに進級した、ということです。2学年ともが同時に・・・、なんて、このような <奇跡> 的なことが、かつてあったでしょうか。

うーん、私が記憶する限りでは、2学年の全員が、このように 《すくすくと、まっすぐに、すこやかに》 大学生活をおくっていく、というのは、なかったような ・・・。ある意味 「おそるべし」 です、新生阪大生たち。そして、昨年度とは違って、比較的 <心おだやか> な年度となりそうです。  ほっ。

  ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

20100415a しかし、「心おだやか」ではいられないのは、我が子・七海である。

まず、4月のはじめに、全身麻酔による虫歯治療をした。下の奥歯には、虫歯を削ったあとにかぶせられた 「乳歯冠」 という銀のかぶせ物が並び、前歯は、虫歯を削ったあとに、虫歯の進行止めの黒い薬が塗布され、歯の周辺が <お歯黒状態> になっている。これは乳歯が抜けるまで残るそうで、満面の笑顔で微笑むと、「ど、どーしたのっ、その歯!?」 と、十人が十人ともツッコムことまちがいなし、の状況になっている(涙)

これくらいの微笑み具合・遠目具合では、まぁ、分かりにくいですが、歯の周囲はすべて「黒」で縁どられている。

あっ、本人は、「ふじ組」に進級して、毎日、ご機嫌に通園している(通園バスのところまで、お人形用ストローラーで通園カバンを運ぶのが、目下の <七海・マイブーム> です)

「バス、まだかなぁ~」

20100403a 

新しいクラスでの「初給食」の時間 down なんとなく「左利き」っぽいです

20100403b 

  ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

しかし、<20本中19本が虫歯ぁ!?> 事件は、今回の、母子センターでの検診結果に比べれば、まだまだ「かわいいもの」でありました。

東日本で雪の降った日、七海は母子センターで、いつもの検診を受け、いつものように、成長ホルモン注射の薬剤やらラコールやらを処方してもらって、帰ってくるはずだった。

ところが、である。
整形外科で、レントゲン検査があり、その結果を聞いた時のこと。

七海は歩けるようになる2歳9か月まで、リハビリに通っていたから、その後のフォローということで、足のレントゲンを撮って、偏平足の程度を見てもらっている。

足の骨のレントゲン写真を見ながら、若い担当医は言った。

「足のアーチがちゃんとできていないので、まぁ、偏平足といえば偏平足ですが、(アシックスの『すくすく』のような)かちっとした靴を履いているので、まぁ、大丈夫でしょう。 足はまぁ、いいとして・・・」

「問題は・・・、」 と言って、こんどは上半身のレントゲン写真を見せてくれた。

ん? 何、これは・・・?

痩せた鳥のレントゲンかと思うような貧弱な肋骨のまん中に、S字のように曲がった背骨が写っている・・・。「S字」というのは正確ではないな・・・。ちょうど肋骨のまん中にある背骨が、「S字の下の部分」のような形に、右に湾曲している・・・。

なに、これ・・・!?

「脊柱側弯症です・・・。普通は、思春期のころの女の子が発症することが多いですが、まれに乳幼児にも見られます。原因は不明とされています。3歳くらいまでに発症する場合は、成長とともにまっすぐになることもありますが、ななみちゃんの場合、まっすぐになっていくのか、ますます湾曲していくのか、ちょっと分かりません・・・。これから経過を見ていかなければなりませんが、あまり楽観はできないです・・・」

いつもは、わりと <軽口をたたく感じ> の明るいドクターが、終始 <重い目> の口調で、言葉を選びながら説明してくれている感じが、余計に事の重大さを伝えていた。

「本人が特に痛みとか違和感を感じるというものではないですし、身長の伸びが悪いこととも、直接関係はないです。ただ、これがこのまま進行していくとなると、放っておくわけにはいきません・・・。ギブスで矯正したり、ひどい場合は手術もあり得ます・・・」

手術って、背骨の!?
まったく想像もつかない事態に、血の気の引く思いがする・・・。

「いずれにしても、この病院では脊柱側弯症の手術はできないので、また専門の病院を紹介することになりますが、とりあえず、2か月後にもう一度レントゲンを撮って、経過をみることにしましょう」

・・・ いったい七海は、何を背負って生まれてきたのでしょう。こうも、次から次へと「心配のタネ」が繰り出されてくるなんて・・・。

Booksとりあえず、アマゾンで、『知っておきたい脊柱側弯症』という本を購入。

ちょっとテンパって、【よく一緒に購入されている商品】 に並列されていた 『背骨の「ゆがみ」直し体操』 という本までクリックしてしまった。

中身をみるまでもなく、あきらかに関係ない本だったが、<「ゆがむと太る」って知ってた?> という項目などを眺めつつ、これは、ママが使うことにしましたっ。

( 七海の経過は to be continued soon

20100404a 

おまけの1枚: 「虫歯の手術を受けた診療所の隣は大仙公園。お花見に行ってきました cherryblossom

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