日常生活

2017年10月29日 (日)

最近の「衝動買い」

10月27日の日経平均株価が、21年ぶりに2万2千円台を回復したらしい。その前の24日には、史上初の「16日連騰」を記録したらしいけれど、このような「喜ばしい上昇」が、与党の圧勝が要因かと思うと、「強い者はより強く、弱い者はより弱く」というだけの現象のようにも思える。まぁ、トランプ氏がアメリカの大統領をやっているような時代だから、そういうものなのかも知れないけど。

「へぇ、21年ぶりってことは、1996年。バブルの崩壊後だったんじゃない?」と思って、過去の日経平均株価のチャートをみてみると、目を引くのは、今回の「回復劇」よりも、なんといってもやはり、「バブル」の異様さよ。

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1989年から90年にかけての日経平均株価が3万9千円近かったなんて。27年前にこの株価というのは、やはり異常だったのね、とあらためて。

あの頃は、私はまだ大学院生で、奨学金で暮らしているようなものだったから、バブルも、その崩壊も、何も関係がない、というか、興味も、関心も、知識も、何もなかった。

あれから27年。多少の興味も、関心も、知識も増え、蓄えるべきものもでき、NISAだのiDeCoだの、株価の上下に関心を持たざるを得なくなったが、それでも、そんなことは人生の中で、あるいはこの社会にとって、それほど重要なことではないんじゃないかと思う。株価が高くなっても、「景気がよくなっている実感はありませんね」という、ニュース番組の中でよく見る、お決まりの「町の声」とはまた別の意味で、経済的な指標は、人生の幸福や、社会の豊かさとは、あまり関係がないように思う。

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とか言いつつ、最近、バッグを衝動買いして、それで喜んでいる私の幸福って、やっぱり経済的な指標!?

はい、最近、「マザーハウス」のバッグを衝動買いしました。

先月だったか、『カンブリア宮殿』で「マザーハウス」創始者の山口絵理子さんが出ていて、バングラデシュでのカバン製造会社の話をされていた。バングラデシュの貧困解決の一助となることを目指しての社会起業家だ。

社会起業家っていうのは、彼女に限らず、みなさんパワフルで、感動的で、話を聞くといつも感心する。それでまぁ、感動と応援の意味をこめて、バングラデシュ製のバッグをひとつ購入しましょう、と思いたった。まぁ、こういうのも、一種の「衝動買い」ということで。

JR大阪駅のルクアイーレ9階にある、オシャレな感じの蔦屋書店の一角に、昨年「マザーハウス」がオープンしたらしい。

蔦屋書店を見て回っていると、急に雑貨やカバンが置いてある一角に出くわす。

あー、ここが「マザーハウス」だったのか。

店の雰囲気はこんな感じ → 梅田 蔦屋書店

ふらっと立ち寄って、トートバッグを見ていると、若い店員君が話しかけてくる。

「そのカバンは、ビジネスにもお使いになれますよ」

「あー、なんか、ステキなカバンですね。こういうトートバッグ、欲しいと思ってたんですよね。これは、手づくり品なんですか」

「はい、バングラデシュで、職人がひとつひとつ手作りしているんです」

「へー、バングラデシュ?」

「はい、ここの製品はすべてバングラデシュで作っているんです。うちの代表がバングラデシュで工場を建てて、そこの人たちの雇用にもつなげているんです」

「へー、そうなんですか」

普通なら、大阪のおばちゃんっぽく、「ちょっと、観たわよ、この間のテレビ! カンブリア宮殿っ! 山口さんっていう方、ほんっと、すごいわねぇ~、志が高くて、すばらしいわっ!」とたたみかけるところなのだが、この店員君の、若干の「前のめり感」が私を躊躇させた。きっと、たぶん、そんな風に言ってくるお客さんが多いのだろう。

「先日も、テレビで取り上げられたんですよ。カンブリア宮殿っていう番組で。」

(ご覧になってませんか? と言いたげな間。)

「へー、そうなんですか」と言いつつ、バッグにしか興味がない、という感じでバッグを見続ける私。

「バングラデシュ製ですが、代表の山口がデザインも考案して、品質も高いものに仕上がっています」

「へー、確かに、作りもしっかりして、形もステキですね。あー、こっちのカバンもいいなぁ。」

「あー、それは、最新のデザインのものです」

「わー、ステキですね。わっ、でも、こんなに小さいのに、あっちのトートより、ずっと高いのねっ」

「使っている革が全然ちがうんです。デザインも凝っているし。」

「ふ~ん、そういうもんなんだ」

(はい、そういうもんです、と言いたげな間)

「やっぱり、バングラデシュというと、牛を食べないから、牛革もたくさんとれるんでしょうね? あ、それとも、食べないから、逆に革を取りにくいかな? あ、いや、牛を食べないのは、インドだけか?」

「・・・。」

若く利発そうな店員君は、こういうお店で働いているだけあって、最近の「意識高い系」っぽい、さわやかな好青年であったが、バングラデシュで牛が食べられているのか、いないのか、についての話あたりから、トーンダウンし始め、あっちのバッグを手にとっては眺め、こっちのバッグを肩にかけては鏡に映す私を見て、「このおばさんは、カバンを買うのか、買わないのか!?」と、心中いらだち始めていたに違いない(と思う)。

で、結局、「カンブリア宮殿など知らない。たまたま立ち寄ったら、気に入ったカバンがあったから、少々お値段は高いけど、買っちゃうね」という感じのお客を演じきって、マザーハウスの「アンティーク キャリアトート」を一つ、お買い上げした次第です。

downwardright こちらが、そのカバン。

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下に敷いてあるのは、布製のショッピングバッグで、お買い上げの際は、これにカバンを入れて渡してくれました。電車に乗って家に帰るまでに、「どんだけ MOTHER HOUSE 宣伝するねんっ」というくらい、目立つショッピングバッグでありました。

バングラデシュのみなさん、長く愛用させていただきますね♪

2017年9月30日 (土)

現実逃避のプチ「中毒」

夏休み中に会議があって、大学に行った。隣りに座った若い同僚が、「あー、家で論文書いていても、一行書いては、立ち上がり、別のことをして。また机に戻って、一行書いては立ち上がり、他の用事したり、家事をしたり。全然すすまないんですよねぇ。そのかわり、家は妙に片付いて。」と嘆くのを聞いて、「それは、私のことを言っているの!?」と激しく同意してしまった。

夏休みは時間をかけて、ゆっくりと論文に向うことができる時期。他の用事は入れず、一日中家にいて、ひたすら論文執筆に取り組む。そう、ひたすら論文を執筆するのです! と、気合だけは十分なのだけど、これがまぁ、ぜんぜん進まない。

1行書いては消し、消しては書き。黙考。熟考。・・・と言えば、聞こえはいいけれど、結局大して考えも深まらないまま、どうしたものかと考え込み、「あ、コーヒーでもいれよ」と、台所へ行く。

台所へ行くと、キッチンまわりのかたづけをしたり、新聞を読んだり。

で、コーヒーをもってパソコンの前に戻ってきて、また初めから読み直しては、書き直し、書き直しては消し、消しては考え。

気が散りはじめる。ⓔのアイコンをクリックして、メールをチェックする。何もない。そりゃそうだ、さっきパソコンに戻ってきた時に見たばかりだから! ネットサーフィンが始まる。あー、いかん、いかん!

エクスプローラーの右上の×を押して、二度と開かないことを誓い、ワードの画面に戻る。

さらっ、さらっ、さらさらっ、と4行ほど書く。ふー、疲れた。

今度は手元のスマホを見る。スマホの画面はパソコンでエクスプローラーを立ち上げるより、ずっと抵抗が小さい。画面が小さい、ということと、ボタン一つで画面を消せる、ということからでしょうか、パソコンのネットより、罪悪感も3割ほど減。

スマホのボタンを押して、【メルカリ】のアイコンをタッチする。キーワード <プリマヴィスタ> のところをタッチ。ずらずらずらっと並ぶ化粧品の小さな写真に見入る。一画面で12個ほど。上にスクロールして、順番に出品物を見ていく。さっき見た化粧品のあたりで、やめる。

ついさっき、やはり気が散った時点でみた画面にアップされていた出品物から、すでに12個以上が出品されていることになる。めぼしいものがないと、ボタンを押して画面を閉じる。

そう、ちょっとした現実(論文)逃避にはまっているのは、【メルカリ】チェックです。

夏休みの読書感想文が出品されているとか、コンピュータウィルスが売られていた、とか、何かと話題になっているフリマ・アプリ。まぁ、なにごとも、「そんなに話題になってるなら」と試してみるのがよかろうと、ダウンロードしてみました。

特に買うものもないなぁ、と眺めていましたが、ふと自分が使っている化粧品を検索してみると、まぁ、なんと、使いかけのものから新品まで、しかも新品でも値段の安いものがそろっているではありませんか。

<50代の肌のために>、<ー5才肌> という宣伝文句を頼りに愛用している「プリマヴィスタ ディア」シリーズ。ファンデーションのレフィルは、定価2800円、税込みで3024円。

それが、メルカリでは、新品が、送料込みで2500円くらいで出品されている。なんでそんなに安くなるの!? と思いながらも、ちょうどなくなりかけていたので、【購入】ボタンを押す。あとは、郵送されるのを待つばかり。

出品者とのコメントのやりとりがあったり、最後に【受け取り】の評価ボタンを押すなどの手間はあるが、それも「お店の人とレジでのやりとり」程度なので、面倒どころか、ちょっと楽しい。ヤフオクのように、落札されるまでの時間を待たなくてもいいし、送料をプラスして代金を振込んだり、住所をお知らせする手間もいらない。それにスマホの画面で、というのが手軽な感じ。確かによくできている。

それにしても、定価2800円の新品、2500円で出品した人は、メルカリに250円とられて、送料120円負担して、差し引き2130円の売り上げ、ということになるが、それでも元がとれるのか。あのファンデーションは、どこかで2000円くらいで卸されているということなのか?

「買ってみたけど、肌に合わなくて」というのなら1500円くらいで出ていたりする。お店で「テスター」として使われていたものが出ていたりもするけど、販売員が処分をまかされているということか? 「お客さんに買ってもらったものを出品します」というコメントを読みながら、一体どういう「お客さん」で、そのお客さんになぜ、ファンデーションのレフィルを買ってもらうのか? など、疑問は尽きない。

化粧品流通の謎を考えつつも、さらに安い新品が出品されると、目を見張る。あー、2350円で出てる! しかも未開封の新品! めったに出ない値段。あー、この前、2500円で買ったばかりだけど、またすぐなくなるから、買っておこう。【購入】ポチッ。

ところが、そういうお安い品は出品が少ない。少ない上に、出品されたらすぐに売れる。何分前に出品されたかが表示されるので、「えっ、たった8分前に出品されたばかりなのに、もう【SOLD】!?」と驚くことになる。

狙いの「プリマヴィスタ ディア オークル3」の新品未開封レフィルが、2000円で出ていたことがあった。もちろん、見た時にはすでに【SOLD】。14分くらい前だったので、「地団太を踏んで悔しがった」と描写したいくらいの出来事だった。なんで2000円で!? と分析する。見たところ、たぶん、相場をよく観察せず、とりあえず処分したいものを売り切りたい系、と推察。そういう掘り出し物はめったに出ない。

というようなことを、論文執筆に行き詰まり、疲れ、あるいは2、3行書いたあとに、ふとスマホを手に取り、メルカリを開いて、観察するのであります。

だって、マメにチェックしないと、すぐ誰かに買われちゃうから!

こういう倒錯こそが「中毒」の始まりであります。しかも、進まない論文の間隙を埋める絶好の慰めでもあります。

お値打ち品が、見た時にすでに【SOLD】になっている。これがツボなんでしょうね、きっと。

だから、お目当て品が、2222円で出品されているのを見た時は、もうすでに2つもレフィルを手に入れているのに、【購入】ボタンを押さずにいられなくなるのは、やっぱりどう考えても「中毒」ですね。

プリマヴィスタ シリーズには、かわいいコンパクトもあります。白い味気ないコンパクトを使っていた私は、こんなかわいいコンパクトがあるなんて、知らなかった!【購入】ポチッ。 わー、こんなのもあるんだぁ!【購入】ポチッ。 

わー、これもかわいい! しかも、これって、今までにない安さ!【購入】 わー、化粧下地も安い!【購入】 わーい、値下げ交渉したら、150円安くしてくれたぁ~!【購入】

こうして、私の夏休みは、メルカリ中毒のあげくに集まった「戦利品」(下図参照)と、苦労して書き上げた論文1本を残して、本日、終わりとなりました。

たぶん、明日からは「現実逃避」もなくなるので、「中毒」症状も抜けると思います、たぶん。

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(下図) レフィルは箱入りで送ってもらったものが2つ、箱なしのが2つ。コンパクトは3つ! もう、当分買いません!(反省をこめて)

2017年8月31日 (木)

娘、「フーテンの寅」説

毎週土曜日の夕方に、BSジャパンで映画『男はつらいよ』シリーズをやっている。気が向いた時に見ているが、いつの頃からか、かなりはまっている。

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渥美清演じるフーテンの寅さんが巻き起こす人情劇は、超絶ワンパターンのお話で、寅さんが故郷の柴又にふらっと帰ってきては、妹さくらをはじめとする「とらや」の人々と、泣き笑いのドタバタ劇を繰り広げるが、そのワンパターンぶりに、はまってしまう。

毎回毎回、よくも「とらや」の人々は、寅さんのことを心配したり、心から喜んでやったり、悲しんでやったり、寅さんに翻弄されたりするものだ、と感心する。

どんなに、寅さんに迷惑をかけられても、いつの間にか寅さんを許し、寅さんのために何かしら手助けしてやることになる。そして、寅さんが再び旅に出ていく時は、「今度いつ帰ってくるのか」と、これまた心から心配してやっている。

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何作も見ているうちに、自分が、パッとしない日常を地道に生きている「とらや」の人々の立場に立って見ていることに気づく。彼らに強く共感しながら、寅さんの不器用な放浪人生を、ハラハラと応援しながら眺めているのだ。

寅さんだって、妹のさくらのことは大好きなはずなのに、どうしてすぐに、喧嘩ごしのものの言い方になってしまうのか。どうして、何かといえば、おいちゃんやおばちゃんと言い合いになってしまうのか。どうして、「とらや」で落ち着いて、仲良く暮らせないのか。

そうかと思えば、寅さんは、縁もゆかりもない、というか、「袖振り合うも多生の縁」とばかりに、出会った他人に優しくする。惚れた「マドンナ」だけでなく、困っている人を助けてやったり、孤独な人と一緒にいて和ませてやったりする。

家族とは長く一緒にいられず、偶然に出会った人と一時的な縁を結ぶ。

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それが寅さんなんだなぁ。そういうもんかも知れないなぁ。家族には優しくできなくても、他人には優しくすることができる。家族からは厄介者扱いされても、他人からは頼りにされたりする。

そういう人っているよなぁ、と思ったら、ふと、それって、うちの娘のことではないか、と思い至った。

まだ小6の娘なので、テキ屋をやっているわけでも、ふらっと旅に出るわけでもないが、家族と一緒にいたがらず、他人に寄って行きたがるというところが、重なって見える。最近は、娘に口うるさく注意することが多くなって、家族とは「喧嘩ごし」の物の言い方が増えたが、あかの他人とは、もしかしたら、仲良くやっているのかもしれない、と思った。

だいたい、昔から、親とじっと一緒にいることのできない娘だった。歩くことができるようになって、スーパーに買い物に連れて行くようになった時から、すきさえあれば、親から離れて一人でうろうろしようとした。

そして、たいてい、よそのお客さんか、店員さんのところに寄っていくのだ。

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upwardright 4歳のころ。スーパーで、「見当たらないな」と思ったら、よそのお客さんのところに寄っていっている、図。

downwardright これまた、4歳のころ。おもちゃのベビーカーを買ってもらって「マイブーム」だったころ。ショッピングモールにて。

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この時は、ショッピングモール内のあちこちの店に行ってしまい、すぐに見当たらなくなった。

しばらく探しても見当たらず、「まさか、誘拐されたのでは!?」と真剣に心配した時の、あの「血の気の引く思い」は今でも鮮明に覚えている。あれ以来、「誘拐されたのではないか!?」と疑うことは一度もない。必ずどこかにいる、と思うようになった。

小さい頃は、「じっとしていられないのも仕方ないか」と思っていたが、大きくなるにつれ、ますますその傾向は強くなる一方。

そして今夏、家族旅行で乗った近鉄特急@伊勢志摩行 の2時間半の電車の中でも、ほとんど一緒に座席に座っていることはなかった。

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upwardright 乗った瞬間に撮った記念写真@近鉄特急

この後、駅弁を食べている間はここにいたが、その後、行方知れず。

車内をうろうろし、トイレに行ったり、戻ってきてジュースを飲んだり、空いている席に座りに行ったり、愛想よく相手してくれる人のところで過ごしたり。

これまでの家族旅行はすべて車でしたが、もう列車旅行でも大丈夫かと思っての今回の初挑戦。大丈夫だったといえば大丈夫だったが、普通でないといえば普通でないことが、白日のもとにさらされた結果となりました。

万事がこの調子でしたから、旅行中に七海に言うことの大半は、注意と警告、諭しと脅し。それに、禁止とわずかばかりの許可。旅情を分かち合うなどということはかなわず、徒労感ばかりがつもる旅となりました。

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upwardright とはいえ、伊勢志摩の旅行は、それなりに楽しみましたが。
昨年、伊勢志摩サミットが行われたホテルのレストラン。
「ここに本当に首脳たちが座っていたの!?」と、最後まで半信半疑でしたが。

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七海が1歳になる前ごろからミルクを飲まなくなり、鼻からチューブでミルクと栄養剤を流し込んで大きくした頃の「普通でないといえば普通でない」状態を、「摂食障害」と名付けてみると、自分なりに理解できて、気持ちが楽になりました。

なので今回は、この「普通でないといえば普通でない」状態を、「注意欠陥多動性障害」と名付けてみました。そうすると、自分なりに理解できて、腑に落ちた気持ちにはなりました。

腑には落ちましたが、どう対処していけばいいのか悩むところではあります。

そもそも、こんな状態を放置しておいたら、いつか悪い人に連れて行かれたりするんじゃないかと心配は尽きませんが、「知らない人には絶対について行っちゃだめよ!」 ー
「はい、絶対についていきません!」という、何十回となく繰り返されたやりとりを続けるくらいしか、今のところ対処の方法が分かりません。

まぁ、そんな時に、『男はつらいよ』を見ていて、「あー、うちの娘は寅さんなんだ」と思い至ったわけです。

寅さんが、たまたま縁を結ぶ人と親しくなり、慕われ、頼りにされることがあるように、七海もきっと、家族以外の「よそ様」の世話になったり、かわいがられたりして生きていくんだろうなぁ、と、少しの希望を見出した次第です。

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downwardleft 別のある時は、思いもかけずに、ホワイトタイガー@ニフレルを見かけて、こちらは大コーフンだったのに、

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downwardleft 七海は、その檻の前で、ホワイトタイガーには大して興味も示さず、飼育員さんに話しかけることに夢中でありました。

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七海の夏休みは、こうして終わっていきましたとさ。

2017年7月30日 (日)

七海 12歳

「この子が生れて、もう12年!」
と、1年ずつ加えながら、毎年、新鮮に驚いています。

典型的日本人の性として、この子にできない事や、足りない事ばかりに気を取られ、無事に12年間、よくぞここまで大きくなってくれました! という感謝を忘れそうになる。

1年に1回、その誕生日を祝うということは、そのことを改めて思い起こして、無事にここまで成長し、生きていてくれることに、ただただ感謝する、という日なのかもしれない。

「あー、こんな漢字も読めない」、「あー、こんな計算もできない」と嘆くのはやめて、「ひらがなが全部書けるようになったなぁ」、「一人で学校から家まで帰れるようになったなぁ」と、できるようになったことを数えて、感謝する日なのかもしれない。
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upwardright 「LOVE注入! なのです」

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12歳のお誕生日には、バーバに買ってもらったワンピースを着て、近所の創作料理屋さんでディナー。

downwardright 「創作ケーキ」的なバースデーケーキでお祝い。すでに満腹だったので、大人の分はお持ち帰りにしたが、七海は自分の分を完食。
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「あー、おなかいっぱい!」と言って、頭の後ろで手を組んで伸びをする七海を見て、「あー、赤ちゃんの時も、そんな恰好してたねぇ」というと、七海はなんだか嫌な顔をしていた。自分が覚えていない自分のことを、物知り顔に言われるのが、嫌だったのでしょう。

家に帰ってから、どんな恰好だったかと思って、写真を探してみた。

downwardright たぶん、これ。
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まだ母子センターに入院中の、生後一か月の姿。まぁ、「頭の後ろで手を組んで」いたわけではないのですが、こういう姿が目に焼き付いている親としては、やはりこの12年は、月並みな表現ですが、「あっという間」だったということになります。

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大学の夏祭りにて

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七海:「大学に行くと、おねえさんたちがやさしくしてくれるから好き」

2017年5月31日 (水)

七海 七海

先日、テレビで 『新婚さん、いらっしゃい』 を見ていると、出演者の新婚夫婦の苗字に目が釘付け!

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七海さん!

ということは、七海がもし「七海家」の人と結婚したら、「七海 七海」に!

と、夫婦別姓推奨者である自分は棚にあがって、大いに盛り上がった。

こういうケースをたまに目にして、一人で喜んでいる。

1985年の阪神優勝時のメンバーである真弓明信選手。真弓家に真弓さんが嫁いだらどうなるのだろうか。

それから、タレントで 『ひるおび』 の司会をやっている恵俊彰さん。恵家に恵さんが嫁ぐ場合、やっぱり夫婦別姓をつらぬくしかないのではないだろうか。あるいは氏名欄に書く時は 「恵めぐみ」 と書くとか。なんか、横に振り仮名書いていると間違われないだろうか、と全く要らない心配をしたりする。

そういえば、今教えている男子学生に「澤」くんというのがいて、女子学生に first name が「佐和」さんというのがいるが、この場合、字で書く分には問題ないように見える。いや、この二人は、たぶん知り合いでさえないのだけど。

女子の名前にばかり気を取られるのは、やはり 「結婚して苗字が変わる」 という因習にとらわれているせいである。 それでは、男子の名前ではどうだろうか?

と、これがなかなか思いつかないなぁ、と思っていたら、ちょうど!

おとといのNHK 『プロフェッショナル』 で、動物写真家の岩合光昭さんが出ていたのだけど、お父上の名前がなんと、岩合徳光さんというではないか!

うーん、あるんだなぁ。男子が婿入りする場合の心配もしないといけないなぁ。

でも、「徳光 徳光」って、子役だった兄弟タレントの「前田 前田」みたいになるなぁ。いや、「徳光 徳光」の場合は、叔父と甥がコンビでも組んだのか!? って思われかねないよね。

って、思わないか。

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ということで、最近の 「七海 七海」 の近影~

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upwardright ゴールデンウイークに行った奈良県天川村洞川にある龍泉寺にて。

6年生になり、「最高学年やから!」という自覚だけは満々で、下級生のお世話係などをしているらしいが、まだまだ世話のかかる6年生ではある。

「いえいえ、下を見ればキリがないですから、上を向いて、向いて!」

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「その下は、下すぎるやん!」というここは、地上300mの「あべのハルカス」展望台。大人1500円。一生に一回行けば、もう十分ですね。

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七海の母親は、ようやく悪運を脱して、3年ぶりにアフリカ学会に参加しました。今年は、長野市の信州大学教育学部で。信州長野といえば、牛に引かれて善光寺。

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upwardright 善光寺の表参道にて、スワヒリ語専攻の「かしまし娘」揃踏み。いつまでも「娘」を名乗り続ける所存です、わたしたち!

善光寺の表参道は、とてもいい感じのお店が並んでいるのですが、

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最近、あちこちのショッピングモールでよく見かけるようになった「久世福商店」がありました!

万能だしとか味噌商品とか、ちょっとおしゃれな感じにした和食食材や調味料なんかが売ってあって、先日も大阪の「ららぽーとEXPOCITY」店で買い物したばかりでした。

で、中に入って話していると、ぬぁんと、ここ善光寺大門店が「本店」というではありませんか!

急にテンションがあがっちゃって、いろいろと試食させてもらった挙句に、「ふき味噌」と「青唐辛子味噌」を二瓶買いました。

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「お買い上げ、ありがとうございました」

でも、わざわざ長野県から買って帰らなくてもよかったんじゃないの!? と、帰路で「荷物、重いなぁ」と思いながら、恨めしく思ったことでありました。

久世福商店 善光寺大門本店 

(↑宣伝するわけじゃないですが、ご参考までに、ということで)

2017年4月30日 (日)

50代SNSのつき合い方 - 結局ブログに回帰

父の訃報をこのブログで知って、わざわざお悔やみのハガキをくれた友人がいた。あるいは、メールでお悔やみを伝えてくれた友人もいた。またある時は、私が最近知ることとなった「小森コーポレーション」という会社が、「自分の勤務先の隣にあります!」とメールで知らせてくれた友人もいた。

みなさん、あらためて、どうもありがとうございました。

と同時に思うのは、こういった「反応」を即座に示すことができるように「コメント」欄があるわけだけど、ブログのコメント欄は、パブリックすぎて書きにくいんじゃないだろうか、とも思う。

他社のブログみたいに、ブログ管理者にだけ読めるコメント機能とか、フェイスブックの「いいね!」みたいに「反応」だけを示す機能でもあればいいのかと思うけれど、やっぱりそういうのでもないかなぁ、50代にとっては・・・、とも思う。

ブログで近況報告をしている私も、月に1回こうしてパブリックに何か書くのが精一杯で、その他のところでは投稿したり、コメントしたりということが、なかなかできない。

昨年、無謀にもブログを移籍しようとし、お休みしている間に、ブログ以外にもう少し気軽にやりとりできるような方法はないだろうかとトライしてみたが、どうにもしっくりこなかった。「トレンドに乗り遅れまじ!」と始めたフェイスブックにツイッター、そしてインスタグラムまで開設してみたが、どれもブログに代わることができなかった。

その敗因は明白です。なんと言っても私が長文を書きすぎるからなのでした。そう、このブログのように、あーでもない、こーでもないと、とにかく言葉多くして船頭山に登るのか!?というくらい、無意味な言葉であれこれ言いたがるのがいけなかったのです。

インスタグラムがよい例です。

私のインスタグラムは こちら

ご覧いただいたら分かるのですが、去年の6月に開設し、6枚の写真がアップされていますが、3枚の写真の説明が長すぎる。インスタグラムというのはこういう使い方をするものではないんじゃないかと、さすがの私も違和感を覚えました。

最後の、教え子の結婚披露宴の写真などは、これでもまだ書き足りないほどなんですが、それじゃぁ、ブログに書いたら? あ、今ブログお休みしてるんだった。という、なんともビミョーなフラストレーションだけを残して、これがマイ・インスタ最後の投稿となりました。

フェイスブックもしかりです。
フェイスブックの方がまだ、長文受け入れ可能度が高いですが、それでも、自分の書いた記事をタイムラインの流れの中で見ると、何とも言えない違和感が。 ちがう、こんな風に起承転結をつけて、ご清読ありがとうございました。と締めるべきものではない、という違和感がマックスになりました。

私のフェイスブックは こちら

ブログのせいかおかげか、月末にはその月の総括をしなければならないような気になって、去年の8月末日に書いた記事がフェイスブック最後の投稿となりました。

その記事も、「仕事で行った学術振興会のビルの隣に、マセラティのディーラー店が!」くらいのことしか言ってないのですが、リオ・オリンピックもからめたくて、錦織選手からケンブリッジ飛鳥くんに至るくだりが長い。

そのわりに、私が愛する車はカムリくんだけにも関わらず、やっぱり「スーパースター的車」は良いよねぇ~、かっこいいよねぇ~、というマセラティ談義になるはずが、中途半端に。

スーパースター的車の中で、マセラティが一番好きなのは、そのエンブレムのかっこよさゆえです。

downwardleft マセラティの最近のかっこいい姿

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downwardleft 車の前に見えるエンブレムをクローズアップ!

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これは、海神ネプチューンがもっている槍の形をモチーフにしたものだそうですが、ほれぼれする形です。

これがお顔についているマセラティの車、自然とかっこよく見えるわけです。

Maserati

冴えない丸っこいT形のカムリくんのエンブレムとは大違いです。しかも、我がカムリくんの3倍はするかというお値段の車。これがあこがれずにはいられましょうか。しかし、何度も言うようですが、カムリくんを買い替えるつもりはありませんから!

あー、何の話だったか。

そうそう、それで、フェイスブックでの投稿も中途半端なままに終わっております。

比較的たくさん投稿しているのはツイッターです。たった140字しか書けないのだから一番窮屈そうですが、型が決まっているので、タイムラインに流れる時に、インスタやFBのような違和感が比較的少ないというのもあったかもしれません。

しかし、それでも140字めい一杯に書こうとし、140字以内に収まるように推敲して投稿するうちに、うーん、こういうのでもないんだろうなぁ、ツイッターというのは。という違和感が。

それで、去年の秋に観た映画『君の名は。』の感想をツイートした後、これも放置状態に。考えてみれば、ブログを休んで他の方法を模索している間に、他の方法をすべて休止してしまったという顛末になってしまいました。

ツイッターについては、その後、選択科目のスワヒリ語の授業で記念撮影をしたんですが、その写真を学生さんと共有するにあたり、ツイッターにアップしました。

私のツイッターは こちら

その時に、学生さん世代ではフェイスブックではなく、ツイッターの方が主流でかつ、よりプライベートな使われ方をしているんだということを知りました。そういうプライベートな使い方をしていない私としては、「やっぱり違うなぁ」感がいや増してしまった次第です。

ということで、結局ブログに回帰。

これはたぶん、「50代SNSのつき合い方」という問題ではなく、私個人の、まずブログから始めたという来歴によるものなのでしょう。長々と長文を書き、なんとなくパブリックな場に公開し、読んでくれる人がいればそれでありがたい、という感じの。

コメントに対する返信も勢い長々と長文になり、それがまぁ、コメントのしにくさを誘っているのかもしれませんが、こればっかりは改まらない性分なので、コメントいただける人には(いつものように)暑苦しい長文コメントをお返しさせていただき、コメントいただけない人にも「いつも読んでくれてありがとう」と心の中で思っております! というようにしたいと思います。

というような記事ですが、いつも、読んでくれて、ありがとうございます。

2017年1月 3日 (火)

新しい酉年の始まり

2017年おめでとうございます。ようやく新しい年になりました。

「別のブログに引っ越します」と言って goo ブログを開設してみたものの、やっぱり使い慣れた Nifty ブログ(ココログ)の方が使いやすく、結局こちらに戻ってきました。goo ブログに行かされたり、こちらに帰らされたり、あっちに行ったりこっちに来たり、どないやねん! とお怒りのみなさま、申し訳ない。

それもこれもすべて、去年までの3年間が「大殺界」であったゆえんです。

そう、「大殺界」。12年のうちで運気の悪い3年間。2年目が「大殺界」本命の年ですが、その前後も運気低迷で、去年が私にとって「大殺界」の3年目でした。

何をしてもパッとせず、新しい事を始めてはならず、ひたすら姿勢を低くして過ごさなければならない3年間。「大殺界」と気が付いてから、思い当たることばかりの3年間でした。

新しいことを始めてはならず、万が一にも始めてしまったことは、うまくいかない。甘言にも弄されがちになる。

それゆえ、「プロバイダーを乗り換えませんか」という勧誘にのってしまい、ブログも移設しようとしたわけです。

結局、プロバイダーを乗り換えたものの、これまでの Nifty アドレスを使い続けるために、Nifty との契約も継続。ブログも移設する必要がなかった、とあとになって気が付く始末です。

「大殺界」に新しいことを始めるとロクなことがないってわけです。

スマホを買い替えた時も、「ルーターを一緒に買えば、容量を気にせずネット使い放題、その方がずっとお得ですよ!」という甘言にのってルーター契約をしたものの、私はほとんど使うことがなく、そのうちダンナが通勤に持って行って重宝し始め、解約もしづらくなり、かといって、ルーター代だけダンナの方に移すというのも手間、というか、なんかセコいような気がしてそのままで、今に至るまで買い替え以前よりずっと高いケータイ代を払い続けている、という始末。

あー、新年早々、グチのオンパレードで申し訳ない。が、もう少し言わせてください。

「大殺界」に新しく始めてロクなことがなかったナンバーワンは、ダイエットです。

そう、私は「大殺界」の1年目にダイエットを決心し、2014年1月のブログで、高らかにダイエット宣言をしました。
その時の記事はこちら → 2014年1月「1年の計」

悪魔に導かれるように体重は減り、耳鳴り、めまい、昏倒に見舞われて底を打ちました。10キロ減ったものの、このままでは普通の生活もままならないという状態になり、やむなく体重を戻して5キロ増えました。結局、この3年間で「トータル5キロ減」という結果にはなりましたが、この「右往左往ぶり」が「大殺界」たるゆえんでしょう。

「大殺界」3年目の去年は、ようやく運気が快方に向かうものの、吉凶相半ばの運勢で、新年早々の記事は、壊れたと思ったプリンタが壊れてなかった! しかしそれを知ったのは、新しいプリンタを買ったあとだった! という吉凶相半ばする記事でした。
その時の記事はこちら → 2016年1月「あれから10年の2016年」


その後も吉凶相半ばした1年でした。

たとえば、アフリカ学会に行こうと思ったら、七海の運動会の日と重なってキャンセル(凶)。でも、大会参加費はまだ払い込んでいなかった(吉)。(おととしは昏倒して学会キャンセル(凶)& 参加費も払い込んだあとだった(凶)。)

駐禁とられた(凶)& 罰金払った日に投信の配当振り込みがあった(吉)

年末にかけて投信の値段が上がった(吉)& 意味もなくガードレールに愛車カムリくんを擦って、修理費10万円払った(凶)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

あー、もう、そんな「大殺界」もようやく終わりです。

新しく出直します、とり年から。

七海が生れたのが酉年でした。そして考えてみるに、その前の酉年といえば、おぉ、結婚した年ではないか。ということで、私にとって酉年は「大殺界」が終わってからの~、何かが新しく始まる年、ということに気が付いた次第です。

ブログのタイトルも「とり年から始まる」にして、同僚Y田さんがロンドンで買ってきてくれた Chirpy the Hen をブログのマスコットにしたいと思います。

名前はそのままチャーピーちゃんということで。

2017chirpy1

よろしくね、チャーピーちゃん。

downwardright 正面から見たチャーピーちゃん

2017chirpy2

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

新年には酉年イヤープレートも飾りました。

2017year_plate1

ナンバ高島屋のヘレンド売り場で買いました。

downwardright ヘレンド売り場のこのおねえさんから購入

2016_1014aa

心機一転を期すつもりでしたが、結局よく似たテイストのブログを再開することになりそうです。

とり年から始まる。

リアル世界でも、ブログでも。公でも、私でも。
どちらさまも、どうぞよろしくお願いいたします。

2016年5月28日 (土)

ブログのお引越し ― さよなら、「太郎」ちゃん

このブログのタイトルになっている「太郎」ちゃんは、2006年4月20日に亡くなりました。

先日、太郎ちゃんの十回忌が終わりました(私の心の中で)。

太郎ちゃんが亡くなった時の記事はこちら → 「さよなら、太郎ちゃん

このブログを始めた途端に太郎ちゃんが亡くなり、いわば 「天国の太郎ちゃんも一緒に」 続けてきたこのブログですが、十回忌を期に、再出発することにしました。

という決心をさせたのは、なんというか、このたび、プロバイダーを変更することになったからなのでありました。

ケータイ各社が乗り換え作戦でしのぎを削っているように、でしょうか? プロバイダーの業界でも「乗り換え、お得ですよ!」作戦が展開されているのか、NTTからの熱心な「乗り換えお得ですよ」勧誘に、まんまと?乗って、乗り換えることにしました。

となると、ブログもお引越ししなければならないのですが、これを機に「太郎ちゃん」とはお別れし、まったく新しい題名のブログを作ることにしました。(このブログ「太郎と一緒に」は、現プロバイダーのフリーコースにお引越しして、これまでの記事は残しておきたいと思います。)

思えばあれから10年、生後8か月だった七海が10歳になり、母校に着任したばかりの私は、専任教員生活10年となりました。

子育てと教員生活の激流に流されてきたこの10年は、日々の生活の多くが新しく経験することばかりで、そのいちいちをブログに書いて報告することが楽しくもありました。

七海の成長や七海に起こる様々なこと、そして時々大学生活のことなどを、面白おかしく書いてきましたが、そろそろ「面白おかしい」成長日記も潮時かなぁ、と思っています。もう、面白おかしいだけではすまなくなってきたしねぇ~、七海のことも、大学生活のことも。

七海がもうすぐ11歳になるように、大学教員生活が11年目に入るように、私自身も何か新しいステージへ移行していきたいと思います。

新しいブログは、新しいステージに合った、新しい形を模索しながら、始めていきたいと思います。

ということで、「太郎も一緒に」歩んできた10年、陰に日向に温かく見守ってきてくださった皆さん、どうもありがとうございました。今後もまた、形を変えて、細く長く見守っていただけたら幸いです。

downwardright 「安心してください。まだまだ続きますよ」

20160515b

新しいブログは、こちら です。どうぞご懇意に(^^)/

2016年1月29日 (金)

あれから10年の2016年

このブログを始めたのが、2006年の3月。
もう10年になるのね、という2016年になりました。

♪ あれからぼくたちは何かを信じてこれたかな

解散騒動でここ最近、頻繁に耳にするSMAPの歌々の中から、スガシカオに敬意を表して。

いや、もう、信じるも信じないも、そんな「青臭い」ことを言えていた自分を懐かしむ暇もないような10年を、怒涛のように過ごしてきました。

10年前、このブログを始めた頃は七海が生れて半年余り。春からいよいよ大学の専任になる、という新たな出発の時期でした。

あの頃は、題名の「太郎」ちゃんも健在で、ちょうど10年前の1月に撮ったのが、この写真 downwardleft

2006_0131ac

太郎ちゃんはこの後しばらくして天に召され、太郎ちゃん不在の 『太郎も一緒に』 ブログとなったのでした。

あれから10年!(← 綾小路きみまろ風)

七海は、(ラコールと成長ホルモン剤の助けを借りて)ここまで大きくなりました downwardleft

20151219b

upwardright 「あ、七海ちゃん、うしろ、カムリくんっ!」

20151219a

upwardright 「あ、ほんとだっ、白カムリくんっ!」

なんということでしょう。神戸市は須磨区、須磨寺のおしょうさんも、カムリに乗っておられたのでありました。ありがたや、ありがたや。

神戸医療センターでの検診の後に立ち寄った須磨寺で、七海の手術の無事を祈ってきました。

そうなんですよねぇ~、「大殺界」の昨年が終わって年が明けたものの、いまひとつ気分が晴れないのは、やはり七海の手術が控えているからなんですよねぇ。

今年の運気は、昨年よりはマシになるものの、まだまだ吉凶相半ばするようで、まずは手術が終わらないことには、どうにも気持ちが落ち着かない。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

今年の運気は吉凶相半ばする、というのを実感した出来事といえば、

学生さんから送られてきた卒論の修正版を、次々と慌ただしくプリントアウトしていた時のことです。

例年のごとく、卒論の提出締め切りは1月20日ですが、学生さんからは提出後も、差し替えのために修正版が送られてきます。今年はそれが、4本、5本と続き、朝からフル稼働でプリントアウトしていると。

ガガガッ、ガッ、ガッ、ガッ!

と威勢のいい音を立てて、急にお陀仏になられたプリンター。

えぇ!? まだ2年くらいしか経ってないのに、もう故障!?

って、だいたいそういうもんです。忙しい時に限って。肝心な時に限って。

卒論、修論、博論、各種論文提出間際に限ってパソコンがフリーズする、というのに、よく似た話です。

うーん、まずいなぁ。今日中にプリントアウトしなければならないのに。

巻き込んだらしい紙を取り除いて、電源を入れ直しても、ピーと音が鳴り、【お客様相談センターまたは修理受付窓口に修理をご依頼ください】 の表示が出るばかり。

あー、年始早々の、肝心な時のプリンターの故障!

これこそ、今年の「凶」の相を表すにふさわしい出来事といえましょう。

さっさと修理しなければ! と、修理先や料金をネットで調べてみると、送るのも手間なら、修理料金も1万円は軽く越える模様。それならいっそ、新しいのを買った方が早いのではないかと思うものの、そこはそれ、メーカーの陰謀が。

そうです、新しいプリンターには新しいインクの型があり、お陀仏プリンター用に買い置きしてある(しかも最近買ったばかりの大量の)インクはもう、使えなくなるわけです。

むむむ。 どうすればいいのか・・・。

あ、そうだっ! お陀仏プリンターと同じプリンターを買えばいいのだ!

2年前の型のプリンターは、もうお店では売っていないが、探してみると、ネットのオークション市場にはまだまだ出回っているではないか。

ラッキーなことに、全く同じ型のプリンターが、アウトレットの新古品! 9840円で見つかりました。

修理料金より安くて、新品になるなんて!

これこそ、今年の「吉」の相を表すにふさわしい出来事といえましょう。

さっそく 【即落札】 して、ネットで代金を振り込み、諸手続きを済ませる。

お陀仏になられて2時間後には、新しいプリンター様をお迎えする準備が整ったのでありました。

翌日には、新しいプリンターが届きました。
なんて便利な世の中になったの! 部屋中にあふれる「吉」の相。

で、新しいプリンターを設置するため、まず机の上から、お陀仏プリンターを下ろそうと持ち上げたら。

下部後方に白いものが見えるではないですか。よく見ると、給紙トレーの奥からグシャグシャになった紙がはみ出ておりました。

いや、詰まった紙はすべて取り除いたはず・・・、だったのに、まだ残っていた詰まった紙。

これを取り除き、まさかと思いつつ、もう一度お陀仏プリンターを机に戻して、電源スイッチを入れてみると。

ガー、ガー、ガー。 シャー、シャー、シャー。 クル、クル、クル。 シャー、シャー、シャー。 ガーガーガー。

いつもより長いウォーミングアップののち、お陀仏プリンターは生き返られたのでありました。

何度も出ていた 【修理をご依頼ください】 の表示も消え、何事もなかったかのように、しれっとスタンバイ画面を表示。 「ちょっとだけ、気ぃ失っててん」 と、復活プリンター様はおっしゃいました。

これは、「何」の相といえばいいでしょうか。「吉」の相でしょうか。はたまた「凶」の相でしょうか。

壊れたと思っていたプリンターが壊れてなかった! ということなら、「吉」の相。

でも、新しくやって来た新古品プリンターくんの立場はどうなるのでしょうか。

このプリンターくんの半端ない「立場なし感」と、誰にも文句を言えない自分の「やりきれない感」を考えれば、「凶」の相。 ということになるでしょうか。

うーん、これぞまさに、ザ・「吉凶相半ば」の相、ということですね。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ということで、新年早々、同じプリンターが2台もある、しかも2年も前の古い型のが! という状況を作り出しての出発となった、記念すべき10年目のこちらのブログでありますが、相変わらず「とほほ」な感じのままに、月に一度の更新をゆるゆると続けて参りたいと思いますので、どちらさまも、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

<おまけ>

20160109_2

「なんばパークス」のバーゲンでたまたま見つけたアフリカ型のキーホルダー@2016年を記念して

2015年12月29日 (火)

さよなら、2015年

やれやれ。ようやく私的「大殺界」の2015年が終わろうとしている。

「終戦から70年、私が初めてアフリカに行ってから30年、ついでに、七海が誕生してから10年」という節目の年として、大いに期待し、高らかに「ダイエット・ミッション コンプリート宣言」して始まった2015年

でしたが、なんだか「持病持ち」への道を歩んだ2015年となってしまいました。

よく聞くじゃないですか、雨が降りそうになると、ひざが痛くなるとか、頭痛がするとか、昔の古傷が痛んでくるとか。

そんなのは、全くの他人事だったというのに、すっかり自分事になってしまいました。はい、そうなんです、雨が降りそうになると、「耳鳴り」が激しくなる体になってしまいました。

今年の春先からひどくなった「めまい」でしたが、それとともにおとずれた「耳鳴り」。めまいはもう治まってきたのに、耳鳴りは依然として私の中に居座っております。

春先からずっと私の耳の中で、「ジージージー」あるいは「ミーミーミー」あるいは「シーシーシー」とBGMのように鳴り続けております。

普段は気になりませんが、耳を傾ければ、ほらすぐそこに。いや、傾けるまでもなく、いつも共に。たぶん、春先から今に至るまで一瞬たりとも止んだことはありません。特に就寝時は自分で自分がうるさすぎる時も。あまりにもうるさい時は、翌日が雨だったりします。

「自分がうるさすぎる」  ―  そう思うと、これも一種の「天罰」かも、と思えます。

昔から「声がでかくて、うるさいっ」ってよく言われたものです。友人と楽しく会話しながら廊下を歩いているだけなのに、「ちょっと、静かにしてくださいっ。授業中ですよ」と注意されたり。楽しく義姉と会話しているだけなのに、テレビを見ていた甥っ子に「おばちゃん、うるさいっ」って言われたり。

地獄に行ったのちには、生前の行いに見合った刑罰を受けるらしいですが、私は生きながらにしてすでに「うるさいの刑」を受けていると言えます。いやぁ~、まったくの「とほほ」な2015年でありました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

とほほな「大殺界」の時には、何もせずじっとしていることが肝要だそうです。新しいことを始めたり、新たなことに挑戦してはいけない。それでも、何かしら気の滅入ることは飛び込んでくるらしく、七海の手術の話しかり。社会に目を向けると、テロ関係のニュースしかり、安保法制の成立しかり、夫婦同姓の合憲判決しかり。

とほほな1年を締めくくるにあたり、社会問題のひとつも取り上げて意見でも述べてみようかと思いましたが、まぁ、書き始めてみると、まったく私の「柄」ではない。たぶん、自分の身の回りのことや、自分で感じた感情、切実に胸に迫る思いなどでないと、文字に書いてもどこかそらぞらしく、書いていても自分がおもしろくないというか。

しかも、社会の問題というのは、どこかしらに「怒り」がないと書き進められないもので、一番自分にとって身近な「夫婦別姓」の問題も、「怒り」というよりは「あきらめ」というか、「あきれ」というか、そんな感情が「怒り」を抑えるし、自分なりの方法でやりくりしていけばいいかと思ってしまう。

それでも、「夫婦同姓」が合憲という判決が出た時に、涙を流して悔しがっている人を見ると感情が揺さぶられるし、事実婚を選択したくても、できない事情のある人がいるかと思うと、自分だけ良ければいいのか、とも思う。

「夫婦同姓」という社会通念の強さを改めて感じさせられましたが、そういう強い「社会通念」というのを変えていくのは、なかなか時間がかかるものなんでしょうね。そういう私だって、結婚するまでは「夫婦同姓」が当然と思っていたし、不都合があれば「通称使用」でいいじゃんって思っていたのだからね。

「社会通念」の変革というのは、それによって不都合や抑圧を感じる人が現れて、それを「おかしい」と疑問に思う人が増えていって、少しずつ変わっていくものなのでしょうが、そのような不都合や抑圧、疑問というのは、当事者にならないと実感できない、というのもあると思う。「通称使用」でいいじゃんって思っていた私も、パスポート更新時に、そこに印字される名前が「自分の名前」ではない、と気が付いたときに初めて、問題の大きさを実感したわけだから。(あわててペーパー離婚して、無事に「自分の名前」のパスポートを手にしましたが。)

まぁ、しかし、あれから20年以上も経ったわけで、社会通念のあり方も徐々に変化しているようには思います。「女性の活躍」を謳うような社会を目指すなら、女性にばかり不都合が押しつけられる制度も早晩、変更されていくことかと思っています。

って、結局、社会問題的なことを書いてしまいましたが、最後が非常に腰の引けた感じになっているところが、いかんともしがたし、です。

いかんともしがたい「うるさいの刑」を受けつつ、さよなら、2015年。

2015_2

来年申年は、「耳鳴り」が聞こえなくなりますように、というささやかな願いをこめつつ。

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