日常生活

2018年10月31日 (水)

暗い10月

9月から始まったマンションの補修作業のため、家じゅうが黒い網に覆われて、早2か月。

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upwardright カムリくん(一番奥)まで、覆われてしまいました!

私自身も、黒い網に覆われたような気分の10月でした。

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訃報に接することの多い10月でした。

年齢的に親の世代を見送る時期に来ているとはいえ、やはり父、母を亡くすというのは、人生を支えてきた拠り所の一つを失うということで、喪失感の大きな出来事にちがいありません。

でもそれは、人によって、ぜんぜん違う受け止め方であったり、ぜんぜん違う意味をもっていたりして、その人の悲しみや喪失感は、他人には思い及ばないものがあります。

その思い及ばない思いに、思いを寄せようとする時に、こちらの無力感や悲しみが湧き上がってくるような気がします。

自分自身の親を亡くす時の方がまだ、その喪失感や悲しみを、自分のものとして掴むことができるので、気が楽かもしれません。

自分自身の悲しみを悲しむより、他人の悲しみを悲しむ方が、悲しい。

そして、父や母を亡くす悲しみは多少、思い及んでも、配偶者を亡くす悲しみは、とても思い及ばない。

だから、なおさら、悲しいです。

慰めの言葉もみつからないし、元気づける言葉もみつからない。

その訃報に接して、ただただ驚き、そして、残された人の悲しみを思って、私もひたすら悲しかったよ、と伝えたいです。

楽しいことや嬉しいことを伝え合うのは容易だけど、悲しいことやお悔やみの言葉を伝えるのは、難しいですね。遠くにいて、なかなか会うことのできない場合だと、よけいにそうです。

でも、だからこそ、いつも、ずっと心の中で、想っています。

そして、また普通に、笑顔で再会できる日を楽しみにしています。

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そんな気分とともに、10月は、私の体調も絶不調で、久しぶりに、めまいに襲われて倒れる事態になりました。

鍼灸医院に通って、なんとか持ちこたえましたが、東洋医学的に 「体の“気”の流れが滞っている」 ということだそうで、リンパの流れが滞っている、とか言われてもねぇ~。

首から背中のあたりが、ガチガチに硬くなっているのは、たぶん、パソコンで研究計画書だの、申請書だの、業績概要だの、細かい字を打つ作業が続いたせいかと思いますが、でも、そんなこと、これまでも、ずっとしてきたし、そんなことで倒れるような事態になるなんて!

ただ、ひとえに、「年をとった」ということですね。

同じ作業をしていても、もう、若い頃のように簡単にやり遂げることができなくなってしまいました。それどころか、ちょっと無理をすると、倒れるようになったなんて!

ということで、いろいろと、どんよりと暗い気分のまま終わる10月なのでした。

ご同輩のみなさま、体はいたわりつつ、「老い」と折り合いをつけていきましょうね。

みなさま、健康には気をつけて、お元気で!

2018年9月30日 (日)

9月の至福と憂鬱

大学教員にとって、何より嬉しいのは、夏休みである。
冬休みも春休みもあるけれど、長さと気持ちの余裕において、夏休みは格別です。

世知辛い世の中になったので、8月になってもまだ授業があり、成績提出や雑務など、お盆のころまで業務が続くし、8月は子供も夏休みで、家族旅行に行ったりしても、これは「本当の」夏休みではない。

本当の夏休みは、9月です。

朝から家に誰もいない。とりたててやらなければならない仕事もない。全部の時間を、自分のためだけに使える。これを「至福」と言わずして、何といいましょう。

ようやく落ち着いて、お勉強ができる。論文が書ける。科研の申請書の構想が練れる。

そう、こういう「お勉強系」の仕事は、有り余る時間の中で、一人ゆっくりと自分の机に向かって過ごす「至福」の時間の中でこそ、可能になるというものです。

ところが、今年の「至福」の時間は、なんとも「憂鬱」な事態によって妨げられることになったのでした。

今年は、住んでいるマンションの大規模修繕工事をする年ということで、なんのタイミングか、8月から工事が始まり、9月には、我が家の周りに足場が組まれ、家全体がすっぽりとネットで覆われてしまったのでありました。

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upwardright 我が家はこの2階。下に見えるのは、応援にかけつけてくれたカムリくん。

至福の9月に、至福の場所である勉強部屋の横に足場ができ、そこに人影が現れるように!

もちろん、工事関係者が覗くそぶりをするわけではなく、カーテンもひいているのですが、いつ、窓の外を人影が横切るかと思うと、もう全然、落ち着かない。

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upwardright カムリくんのお顔を正面から撮り直してみました。

隣の棟も、その向かいも、みんな黒幕で覆われています。黒幕の中では、せっせと補修工事をする人々が行き交っています。

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こうして私は、至福の9月に、至福の場所にいることができなくなり、朝から家を出る羽目になったのでありました。

かと言って、車で1時間かかる大学まで行くのも非効率で、いきおい近所で落ち着けるところを探すことになります。
まぁ、いわゆる、ノマド的な?

しかしまぁ、「ノマド・ワーク」というのは、都会の中でこそ可能なのであって、富田林のような田舎では、なかなか難しいものがあります。

近所の図書館や公民館は、朝から定年退職以上の年配者が押し寄せていて、どうにも居心地が悪い。おまけに、机といすのあるところは、「ここは図書館の本の利用スペースです」ということで、自習禁止、ノマドワーク禁止、が原則。

近所の喫茶店も、定年退職以上の年配者および近所のおばさま方の寄合所的雰囲気で、よく言えば、活気にあふれていて、にぎやか。ファミレス、マクドも、いわずもがな。

若干客足の少ないモスバーガーは、よく言えば、静謐な環境が保たれている時間帯があるが、それでも、沈思黙考、熟思黙想、審念熟慮するには、ハンバーガーのにおいが気になりすぎる。

ということで、なんとも締まらない9月を過ごして、夏休みが終わろうとしています。とほ。

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9月の憂鬱、といえば、朝ドラ史上、最高傑作と言ってよかった 『半分、青い。』 も終わってしまって、悲しいかぎりです。

くらもちふさこ原作 『いつもポケットにショパン』 がモチーフになっている、というあたりからして、これまでの朝ドラとは全然ちがい、心鷲掴みポイントが多々ありましたが、ここでは、我が家限定の鷲掴みポイントをご紹介して、『半分、青い。』へのオマージュとしたいと思います。

downwardright ある日の『半分、青い。』 の画面

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これは、主人公の鈴愛と、娘の花野ちゃんの場面ですが、注目は、左奥にみえるクッション!

左側の、白地に赤やうす茶の縞模様のクッション!

あれ、うちのと同じクッション!

しかも、うちには、2個もあるぅ!! downwardleft

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ニトリで買ったクッション!(正確には、ニトリで買ったのは「クッション・カバー」ですが)

NHKの小道具さんと、おんなじセンスぅ~。

って、まぁ、これが、自慢すべきことなのかどうかは疑問ですが、こんなトリビアなことも嬉しかった 『半分、青い。』 でした。

あー、明日から、10月だよぉ~(;_;)

2018年8月31日 (金)

夏休みっ!

はじめまして? 七海です!

13歳になりまして、中学生になりまして、また一つ、できるようになったことと言えば、家の鍵をもって学校に行って、家に帰ってきてママがいなかったら、自分で鍵を開けて、留守番してママが帰ってくるのを待ってることができるようになった! ということです。

そんな中学生の子をもつ親の気持ちは、いろいろと複雑なようですが、こればっかりは、気長に見守っていただくしかないと、そんな風に思っている中1の夏です。

で、中3になると、沖縄への修学旅行があるんだけど、「この子に飛行機が乗れるだろうか!?」という親の心配がつのった結果、今年の夏休みは、「飛行機に乗るぞっ、おー!」 を合言葉に、初めての飛行機旅に連れて行ってもらいました!

イェ~イッ!

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upwardright 誕生日プレゼントのキャリーケースをもって、初フライト!

でも、初めて乗った飛行機は、ANAではなくて、ピーチ航空っていうピンクの飛行機。

当初から予定していたハウステンボスに加えて、ママが勢い余って予約した、ピーチ航空、関空-釧路間、8月就航おめでとう!記念で、阿寒湖にも行ってきました。

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upwardright 真夏の阿寒湖、さっむぅ~

連日36度の猛暑の関西を離れ、避暑に行くには最高の釧路でした。

でも、ママは、「温度差20度の国内移動+連日の雨+連日のバイキング料理食べすぎ」のため、帰宅後は、自律神経失調症的に体調を崩したようで、そんなん、

あ・か・ん! 湖 やん・・。

(と、関西人の子らしく、いちおう、言っておきます)

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で、ハウステンボスには、ANAで行ってきました。

飛行機で、おねえさんが、「お飲み物は、何がいいですか?」と聞いたので、「いりません」っていうと、うしろからママが、「ななみちゃん! この飛行機の飲み物はサービスだから、ジュース、もらっときなさい!」っていうんで、リンゴジュース、もらいました。

最初に乗った飛行機では、「何も、もらえませんよ!」って言ってたのになぁ~。

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ハウステンボスは、風車やチーズやヨーロッパ風の街並み、っていう、設立当初のコンセプトはすっかり影をひそめて、「めざせ、ディズニー! いや、USJ! っていうか、集客望めるアミューズメントパーク!」って感じになったんだって。

ま、わたし的には、ピカチューと写真撮ったり、ショッピングアーケードで、いっぱい試食できたりするのが、楽しかったけどね。

ママは、ミュージカルとレビューが楽しかったって。

まるで宝塚みたいな歌劇団で、歌も踊りも、たぶん宝塚よりは劣るみたいなんだけど、「会いに行けるアイドル」が流行るみたいに、この歌劇団にも、ちょっとしたファンがついているみたい。

レビューやミュージカルのあとは、団員と記念撮影できるのが、売りみたい。

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upwardright ミュージカルのあとに、記念撮影しました。
  (1回500円! 営業が大事)

ママは、レビューの男役さんが「かっこよかった!」って喜んでて、記念撮影したかったみたいなんだけど、時間が遅かったので、あきらめてもらいました。

今回みたレビューのダイジェストYouTube版
(↑このダイジェスト版の最初の7秒間の男役がかっこよかった! by ママ)

それから、宝塚音楽学校みたいに、「ハウステンボス歌劇学院」っていうのもあって、びっくり!

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「学院長は、澤田秀雄さんなんだって!」

宝塚への夢破れた人は、ここの学院に入ってデビューしてもいいんじゃないかなぁ、って思うんだけど、入学金30万円に、授業料60万円!

ちょっと気軽にトライしてみようっていう値段じゃないよね。

しかも、活躍の場が、入場料最低4,100円(年間パスなら22,000円)払って入らないといけないハウステンボス内のみ。(しかも、長崎。)

うーん、これはなかなか悩ましい選択じゃない?

っていうことを感じた、中1の夏休み旅行でした。
あ、飛行機は、ぜんぜん大丈夫だったよ!by 七海

2018年7月31日 (火)

七海 13歳

毎年のことながら、7月はいつも、七海が一つ年をとった、というご報告になります。

ということで、七海も13歳になりました。

お店の人なんかに「何歳?」と聞かれて、七海が「13歳」と答えると、一瞬「え?」という間をおかれてしまう感じの、13歳です。

七海をかわいがってくれていた祖父母も、一人、二人と亡くなり、いよいよ最後の一人となった祖母に、「ばーば、死なんといてな。ばーばが死んだら、誰が私のごはん、作ってくれるん?」と言って、祖母&母を苦笑させた、13歳です。

趣味は? うーん、YouTube でメルちゃんのお人形遊びを、延々と見ること? あるいは、BS番組『みんなdeどーもくん』の録画を、延々と見ること? の13歳です。

夏休みは、放課後じゃないけど「放課後デイサービス」に行って、宿題したり、お友達と遊んだりして過ごしている、13歳です。

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upwardright  13歳、おめでとう! - ありがとう!

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upwardright 「この大きなエビの殻は、どのように食べるのでしょうか?」

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誕生日プレゼントに、「みんな、もってるねんで!」と言って、スマホを要求するも、あっけなく却下され、旅行用のキャリーケースを買ってもらった、13歳です。

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upwardright 「今年の夏は、これで旅行に行ってきまーす。」

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小学2年生のクリスマスに、サンタさんからもらったキャリーケースを長らく愛用してきましたが、ついに、パジャマだけで一杯になり、お役目を終えることになりました。

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upwardright 小2、8歳の時のクリスマス・プレゼント
  (その時の様子は → こちら )

今回の誕生日プレゼント、七海がスヌーピーの柄を選びました。

このケース、機内持ち込みOKサイズなので、出張旅行の時などに使おうっと、と、もくろんでいる母でありました。

2018年4月30日 (月)

新しいことと、変わらないこと

2018年度が始まりました。

今年度は、七海がいよいよ中学生になった! という新しい年度です。

新しい生活に胸を膨らませて始まった4月ですが、のっけから、つまずいております、制服に!

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upwardright 七海:「制服は、セーラー服にスカート。制カバンは肩掛けなので、やや持ちにく~い。ランドセルがよかったなぁ。」

もちろん、七海は制服を着るのが楽しみで仕方なかったし、毎日、楽しく登校している。

しかし、制服って、思っていたよりずっと煩わしい衣服なのでありました。

まず第一に、ずっとズボンしか穿いていなかった七海が、いきなり毎日、スカート!

腰のところのカギホック、っていうんですか? あれを留めて、ファスナーをあげて、プリーツの正面がちゃんと前にくるように穿く、これがまず一苦労。しかも、スカートがめくれないように、あるいは適正にさばきながら、一日を過ごすのは、思ったより大変なんじゃないかと推察される。

考えてみれば、スカートというのは、かなり「非・行動的」な衣服であって、中学生の学校生活には、実用的ではないんじゃないかと思う。

それが証拠に、七海の中学校では、登下校は制服が義務付けられているが、学校内では体操服で行動してもよいということで、七海は学校に着くと、体操服に着替えて一日を過ごしているらしい。他の女子たちも、多くはそうしているらしい。

だったら、制服なんか、なくてもいいじゃん!

と、実用一直線の母は思うわけだが、そこはそれ、伝統やら習慣やら惰性やら思い込みやら、ついでに、業者さんたちの喰いっぷちやらで、そう簡単には変えられない、変わらない、変えませんから! の、事情があるのでしょう。

七海にとってさらに煩わしいのは、セーラー服の胸のところにある、三角形の当て布のようなものを留める作業。

逆三角形の布の左辺は縫い付けてあり、右辺をポチ、ポチ、ポチッと、3つの小さなスナップ・ボタンで留めるようになっている。

これ、普通の人なら何てことないんですが、これが七海には難しくて!

こういうスナップボタンって、自分がやる時のことを思い返してみると、上からボタンのついている布をかぶせて、指で位置を確かめながら、人差し指あるは親指で、上からポチッと押さえていると思うのですが、どうやら七海は、この「指で位置を確かめながら」というのが、できないらしい。

両手で、一つ一つのボタンをもって、自分の目で見ようと最大限に持ちあげて、スナップボタンの凸と凹を合わせようとする。その時点で、布の向きが反対?になっていて、次のボタンを留めようとすると、無理な力がかかるので、一つ目のボタンがはずれる。

もう、目もあてられない、というか、その「不器用さ満開」が情けない、というか、かわいそうというか・・・。

「自分でできるようにならないと!」と思って見守るが、登校時間に遅れるという影響が出るほどになり、結局私が留めてやることになる。

何日か試行錯誤したが、七海の技術向上を待っていられなくなり、ついに制服屋さんに相談して、スナップボタンをマジックテープボタン(というのでしょうか?)に替えてもらうことになりました。やれやれ。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

「制服問題」が片付いたと思ったら、今度は、体育館シューズ問題。

学校指定の体育館シューズは、ひもで結ぶタイプで、靴ひもを蝶結びにしなければならない。春休みに猛特訓したが、学校の先生に言わせると、最後のところは結局、先生に結んでもらっているらしい。

先生:「学校でも蝶結びの練習はしますが、どうしても集会とか、みんなと一緒に行動しなければならない時に遅れるので、マジックテープタイプのシューズを用意してもらったほうが・・・」

ということで、これまた、七海だけ特別なシューズを用意することに。

あー、それなら、はじめっから、マジックテープのシューズを買っていたのに!

上履きも、学校指定なんですが、これは事前に「無理!」を予見して、七海だけ特別な上履きでもいいと了承をもらっていました。

学校指定の上履きは、クロックス風のサンダルみたいなもの。「こんな草履みたいなのが上履き!?」と、中学入学説明会で見た時は驚きましたが、草履・スリッパ類がうまく履けない七海が、これを履いて、階段を上り下りするとどうなるか。これは火を見るより明らかに予見されましたので、事前に、上履きは違うものを用意させてくれと、中学校にお願いしておきました。

もちろん、しょうとく園のころより愛用の、アシックス・すくすくシリーズの上靴で!

体育館シューズまでは予見できなかったのが、悔やまれます。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

かように、七海の中学校生活のスタートは、「想定外」の波乱含みでありましたが、本人は環境の変化に揉まれながらも、楽しく毎日を送っているようです。

しかし、思うに、これほど「多様性」が尊重される時代において、学校指定の制服、学校指定のカバン、学校指定の上履き、学校指定の体育館シューズ、学校指定の・・・、その他多数。しかも、初期費用だけでも10万円近く。公立の中学校において。これはもう少し、見直されてもいいのではないでしょうか。

まぁ、自分自身は、中学・高校と、制服に疑義も嫌気も感じたことはなく、喜んで従ってきたほうですが、それはやはり、自分が「メジャー側」にいたからなんだな、と今さらながらに思います。七海のような「マイナー側」に立って初めて、そのメインストリームに疑問をもつことになる。

最近は「性自認」などに対する理解も深まって、制服も選択肢が広まりつつあるらしいが、そもそも、中学や高校で「制服」って必要なのか、というのが、根本的な問題としてあるように思います。

ま、しかし、これは、私がこの1か月ほどに、急に感じた「問題意識」なので、泡沫候補的問題にすぎないのも事実でありますが。

(「本命候補的問題」は、たとえば、「夫婦別姓問題」とか、「女人禁制問題」とか、ですかね。いずれも、「マイナー側」から声が上がり、これがもう、すでに「マイナー」でなくなっている、という感じの問題でしょうね。)

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七海の新しい生活とは対照的に、また、同じ新年度の始まりの私。

例年のごとく、新入生を迎え、一からまた、「こんにちわ」-「こんにちわ」。

特に今年の火曜日は、

2限:バンバラ語、3限:1年生スワヒリ語、5限:初級スワヒリ語

という、語学の授業が3連チャン。しかも、全部、初級。

ということで、この1カ月、火曜日は、挨拶&自己紹介ばかりしている。

「こんにちわ」ー「こんにちわ」

「おはようございます」-「おはようございます」

「お元気ですか」-「はい、元気です」

「ご家族のみなさん、元気ですか」-「はい、元気です」

「あなたの名前は何ですか」-「私の名前はヨーコです/私の名前はジギです」

「あなたはどこから来ましたか」-「私は大阪から来ました/私はマリから来ました」

「さようなら」-「さようなら」

これを1日3回、いや、5回、いや、10回くらいは言ってるなぁ、スワヒリ語&バンバラ語で。

Hujambo? - Sijambo.

Habari ya asubuhi? - Nzuri sana.

Habari gani? - Salama tu.

Nyumbani wote hawajambo? - Hawajambo.

Jina lako ni nani? - Jina langu ni Yoko.

Unatoka wapi? - Ninatoka Osaka.

Kwa heri. - Kwa heri.

私は、基本的には「語学教師」体質で、これを何度も言って、何度も学生にリピートさせないと気がすまない。

毎年毎年、4月はあらたな気分で、Hujambo? - Sijambo.

バンバラ語は、テープを流して学生にリピートさせる。自分も一緒にリピートする。

I ni tilen. - Nba,i ni tilen.

I ni sɔgɔma. - Nse,i ni sɔgɔma.

I ka kɛnɛ wa? - Tɔɔrɔ tɛ.

Somɔgɔw ka kɛnɛ wa? - Tɔɔrɔ t'u la.

I tɔgɔ bɛ di? - Ne tɔgɔ ko Jigi.

I bɛ bɔ min? - Ne bɛ bɔ Mali.

K'an bɛn. - K'an bɛn.

これらの例文が、私の頭の中を、ずっと巡っていた4月でした。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

そのおかげか、朗報が一つ!

年明けから、「爆買い」していた『大人のカロリミット』ですが、もちろん、大方の想像通り、効果は見られておりません。史上最重体重ラインをはさんで、一進一退の攻防戦を繰り広げながら、3か月が経ちました。

効果が見られないどころか、毎日4粒飲み続けていたら、若干めまいのようなものを感じる時があって、飲むのを控えたり、3粒に減らして休み休みのんだり。爆買いカロリミットがまだ、大量に残っています。とほほ。

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そんなとほほ状態にもかかわらず、この4月からの1カ月で、気が付けば、2キロ減量という朗報が!

そう、これは、とりもなおさず、授業での大声発声のたまものなのでしょう。

アーンド、なんやかんやで、七海の件に対する母・神経消耗が効いたのでしょうか!?

ちょっと、やつれました、みたいな?

きゃぁ!(← 嬉しい悲鳴)

2018年2月28日 (水)

Memento Mori

2014年2月16日に、七海の祖母であるところの、ダンナのお母さんが亡くなった。

その時のこと → 「さよなら、ばーば」

あれからちょうど4年となる、2018年2月15日に、その夫であるところの、七海の祖父である、ダンナのお父さんが亡くなった。

享年90。 「大往生」と言っていい人生の終幕だった。ただ、その最後の4年間は、「妻に先立たれた夫」の典型のような人生であり、人生の「消化試合」のような4年間であったようにも、みえる。

義父は、ダンナとダンナのお姉さん、ダンナの叔父であるところの弟夫婦、それに1日に3回訪問してくれるヘルパーさんたちの全力の支えでもって、4年間の自宅での一人暮らしをまっとうした。

臨終に際して、大泣きしてくれたというヘルパーさん。出棺に際して、棺のそばで涙を流していた叔父さん。

お義母さんの時は泣けたけど、お義父さんの時は、申し訳ないけど、の嫁。

昨年、実父を見送った時も、さほど泣くことはなかった。 → 「さよなら&ありがとう、ジージ」

さすがに、慣れた。 
通夜、葬儀の段取りも、だいたい、把握した。 
順番に見送っていく、というのは、こういうことなんだろうなぁ、と思う。

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七海:「天国でばーばと仲良く暮らしてくださいね」

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一番泣けたのは、同僚のT村さんのお母さんが亡くなった時だったかもしれない。2012年の秋、まだ70歳という若さと、T村さんとお母さんの結びつきの強さを思うと、それだけで泣けた。

あれから5年余りの間に、いろいろな人を見送った。
T村さんのお父さんも、Y田N子のお母さんも。それから、大学院の時の恩師二人も。

自分たちの両親はまだ健在だなぁ、と思っていると突然に義母が逝き、昨年は実父が旅立ち、今年は義父も逝った

ここによくコメントくれるNoraさまのお父様も、シスターのせぽんのお父様も旅立たれた。

高校時代の恩師や、義兄・義弟の父上といった、やや離れた親戚縁者も入れると、まさに「数え切れない」くらい
の人々が逝ってしまった。

『ぐるナイ』の「ごちになります!」で馴染んでいた大杉漣さんの訃報にも驚かされた。

まさに、Memento Mori. ー 死を想え。

これは、自分の死について、いつも覚悟しておかなければならないという意味らしいが、今はまだ、「見送る側」の心構えのように思ってしまう。

誰がいつ、突然亡くなっても、おかしくないのだ、覚悟しておけ、と。

そう思うと、ほぼ「寿命をまっとうした」くらいの年齢で亡くなるのは、幸せなことだと思える。「まだもう少し寿命があるはずなのに」というのは、悲しい。「昨日まで、元気だったのに」というのは、もっと悲しい。

それもこれも、みんな、残された側の感情だ。亡くなる人の無念や思いは、どのようなものだろうか。

自分が死ぬ時に、何を思うのか。

Memento Mori.

いつ死んでもいいように、日々心がけて過ごし、死んだあとのことも考えて、身の回りを整理しておき、通帳や印鑑など、何がどこにあるかも、残された人が分かるようにしておき、・・・、などといった境地には、まだまだ立てませんけどね。

そんな整理をし始めると、まるで、明日にでも自分が死にそうな気がして、いやだしなぁ。

こうして、いろいろな人を見送りながら、自分の番を待つことになるんだろうけど、それでも、いまわの際まで、自分は死なない、と思いながら、過ごすんだろうなぁ。

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あっ、そうだ。

私のハンドルネーム(というほどのものでもありませんが)、K森 Junko あらため、M.森 Junko にしたいと思
います。

これからは、こちらでは、「M.森さん」と呼んでください。(ピリオドも意識しつつ)

そして、数年がたったころ、初めてこちらを訪問してくださった方が、「あれ、K森さんなのに、どうして、M.森さんって、呼ばれているんだろう (しかも、ピリオド付き)」 と気づいた時に、「M.」が何の略なのか、そっと教えてあげてください。

きっと、その深さに驚愕することでしょう。

(って、せんか。)

2018年1月31日 (水)

私は私のままでありたい

2018年になっての初投稿。今年もよろしくお願いします、という挨拶に引き続き、お伝えしなければならないのは、残念なお知らせです。

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2014年1月、体脂肪も測れるタニタの体重計を買い、「レコーディング・ダイエット」を始める決意を表明しました。 → 
2014年1月「1年の計」

そして、2015年1月、1年間にわたる試行錯誤の末に、ついに10キロの減量に成功したことを、高らかにお知らせしました。 → 2015年1月「1年の計:ミッション・コンプリート、の巻」

しかし、その後、体調がダダ下がり。「大殺界」にダイエットというのは、まったく星回りが悪かったようで、体重を5キロ戻して、ようやく落ち着きました。
その顛末はこちら → 
2017年1月「新しい酉年のはじまり」

そして、2018年1月、気が付けば体重はさらに5キロ増え、2014年の振り出しに戻った、と思う間もなく、その後も増え続け、現在、人生初の体重を更新し続けております。そんなご報告のための、本日の記事でございます。

なんて日だっ!

何がまちがっていたのか。10キロ減って、5キロ戻ったところで、止めておきたかった。減量時と同じ食事を続けていて、特に暴食に走っているわけではありません。

なのになぜ!?

一般的に、これを「リバウンド」と呼ぶのでしょうか。そうすると、私にとっての「リバウンド」とは、私の体が、私の命令に従うことをやめ、本来の「自分」を取り戻そうとする、壮絶な「レジスタンス運動」ということができましょう。

レジスタンス運動のスローガンは、「私は私のままでありたい」!

そう、私の体は、40代になると脂肪をため込み始め、50代では筋力の衰えに乗じて代謝を落とし、さらに脂肪をためこむ。いわゆる「中年太り」と呼ばれる、典型的な中年の体形を作り上げていく、そういう風に、生れた時からプログラムされていたように思われます。

2014年までは、順調にそのプログラムにそって歩んできた。(太ってきた、ともいえる。)

ところが、ダイエットによって、順調に歩んできた道を、突然断たれたようなものだったのでしょう。

えっ!? これから脂肪をためこもうという時期に、肝心の炭水化物が供給されない!? えっ、なぜに小麦粉が体に入ってこない!? (←体の叫び)

あんなに好きだった菓子パンはどうした? うどんやスパゲティはどうした?

うろたえる体は、それでもせっせと供給されるたんぱく質と筋トレで筋肉を作り、脂肪を燃焼し、備蓄してあった大事な脂肪を減らしていった。

えっ、いったい、いつまで脂肪を減らすんですか? こちとら、これから脂肪を溜めるんですぜ。いつまでこんなバカなことを続けるんです? 小麦粉をください! 炭水化物をもっとください! 脂肪が減っていくぅ~!

減量途上で、私の体は幾度となく抵抗を試み、脂肪が減っていくことへの警戒を強めていったように思われます。そして、ついに、減量に成功した時、バラ色に喜んでいた私の「心」とは逆に、「体」は絶望のおたげびを上げていたのでした。

あー、もう、ダメだ! こんなんじゃ、私は私の人生を歩んでいくことができない! こんなに脂肪が減って。これ以上脂肪が作れない人生なんて! あー、死んでやる! もう生きていくことができないっ。死んでやるっ!

思えば、マックスで減量に成功した2015年に、私の体のレジスタンス闘志たちは、必死の覚悟で地下に潜り、レジスタンス運動を開始したのでしょう。

それがどんな作戦をとったのか、おそらく近代科学の知見をもっても、解明されないでしょう。

私の「体」は、私の「心」の命令に背いて、脂肪を減らすことをやめました。代謝をぐんと落として、食物が供給されれば、すばやくそれを脂肪として蓄え、決して手放すことをしません。どんなに筋トレしても、どんなに有酸素運動をしても、決して脂肪を減らしません。

レジスタンス闘志たちは、苦しい時の経験を糧に、いかなる状況も乗り越えるすべを手にしたようです。供給量が減らされても、決して備蓄を減らすことなく耐え忍び、たまに供給量が増える時は、全身全霊、脂肪の備蓄に努めました。

そして、2017年末の「小豆島バイキング料理の乱」で一気呵成に態勢をたて直し、ついに、生来のライフコースに記されてあった体重&体形を、勝ち取ったのでありました。

2018年1月、レジスタンス闘志たちが勝利したことを、ここにお伝えしたいと思います。

私は私のままでありたい!

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勝利宣言に喜ぶ「体」に対して、「心」はげんなり、です。

これまでの人生が走馬灯のように、思い浮かばれます。

結婚当初、ダンナと一緒にでかけたスーパーで、小学校以来の同級生にばったり出会った時の事。

「あっ、コモ!? わー、お久しぶり! えっ? ダンナさん? わー、おめでとう! 私は結婚して、それから、子どもができて、うんぬんで、かんぬんで。 あれ、(と、視線をやや下に向けて)、おめでた?」

「・・・。」

あー、そんな二十数年前のことが、思い起こされます。

私はあの時、どんな腹をしていたのでしょうか。

(言うまでもありませんが、私が本当に「おめでた」になったのは、その十年ほどあとのことです)

現在の私に、「おめでた?」と言うような人はいないと思いますが、そう言われてもおかしくはない状況が戻ってきました。そう言えば、私は昔から、脂肪体質だった。特に腹回りが。

そんなことを思って、ちょっと「心」が納得しかけるのですが、いやいや! 一体あの減量作戦はなんだったのか? あのダイエットの日々はなんだったのか!? 「心」がどうにも納得しません。

今度は、「心」のレジスタンス闘志たちが立ち上がりました。

減量によって、「体」は代謝を抑えるすべを身につけた。ただでさえ、加齢とともに代謝が落ちる。それなら、代謝を助けてやればいいのではないか!

こうして、世の中に「代謝を高めましょう!」というスローガンが氾濫することになるのですね。

私の「心」を捉えたスローガンは、

<食事の糖・脂肪の吸収を抑えます>

Calolimit_3
<日常活動時のエネルギー代謝において、脂肪を代謝する力を高めます>

1日4粒で代謝が高まるなら、喜んでっ!

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

しかしまぁ、これが1袋2800円もする代物でさぁ、だんな。

しかし! メルカリでは、これが2000円くらいで出品されてるとくれば、封印してあった「メルカリ中毒」も炸裂しようってもんです。

気が付けば、『大人のカロリミット』がどしどしと送られてきて、「心」はようやく落ち着きを取り戻すのでありました。


20180131

どんだけー!

これはむしろ、「心の飢餓状態」と呼ぶべき状態かもしれませんね。

いやいや、そんな憐憫に浸っている場合ではないのです。

「心」と「体」の闘いは、今後もしばらく続くことでしょう。

つづく。

2017年10月29日 (日)

最近の「衝動買い」

10月27日の日経平均株価が、21年ぶりに2万2千円台を回復したらしい。その前の24日には、史上初の「16日連騰」を記録したらしいけれど、このような「喜ばしい上昇」が、与党の圧勝が要因かと思うと、「強い者はより強く、弱い者はより弱く」というだけの現象のようにも思える。まぁ、トランプ氏がアメリカの大統領をやっているような時代だから、そういうものなのかも知れないけど。

「へぇ、21年ぶりってことは、1996年。バブルの崩壊後だったんじゃない?」と思って、過去の日経平均株価のチャートをみてみると、目を引くのは、今回の「回復劇」よりも、なんといってもやはり、「バブル」の異様さよ。

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1989年から90年にかけての日経平均株価が3万9千円近かったなんて。27年前にこの株価というのは、やはり異常だったのね、とあらためて。

あの頃は、私はまだ大学院生で、奨学金で暮らしているようなものだったから、バブルも、その崩壊も、何も関係がない、というか、興味も、関心も、知識も、何もなかった。

あれから27年。多少の興味も、関心も、知識も増え、蓄えるべきものもでき、NISAだのiDeCoだの、株価の上下に関心を持たざるを得なくなったが、それでも、そんなことは人生の中で、あるいはこの社会にとって、それほど重要なことではないんじゃないかと思う。株価が高くなっても、「景気がよくなっている実感はありませんね」という、ニュース番組の中でよく見る、お決まりの「町の声」とはまた別の意味で、経済的な指標は、人生の幸福や、社会の豊かさとは、あまり関係がないように思う。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

とか言いつつ、最近、バッグを衝動買いして、それで喜んでいる私の幸福って、やっぱり経済的な指標!?

はい、最近、「マザーハウス」のバッグを衝動買いしました。

先月だったか、『カンブリア宮殿』で「マザーハウス」創始者の山口絵理子さんが出ていて、バングラデシュでのカバン製造会社の話をされていた。バングラデシュの貧困解決の一助となることを目指しての社会起業家だ。

社会起業家っていうのは、彼女に限らず、みなさんパワフルで、感動的で、話を聞くといつも感心する。それでまぁ、感動と応援の意味をこめて、バングラデシュ製のバッグをひとつ購入しましょう、と思いたった。まぁ、こういうのも、一種の「衝動買い」ということで。

JR大阪駅のルクアイーレ9階にある、オシャレな感じの蔦屋書店の一角に、昨年「マザーハウス」がオープンしたらしい。

蔦屋書店を見て回っていると、急に雑貨やカバンが置いてある一角に出くわす。

あー、ここが「マザーハウス」だったのか。

店の雰囲気はこんな感じ → 梅田 蔦屋書店

ふらっと立ち寄って、トートバッグを見ていると、若い店員君が話しかけてくる。

「そのカバンは、ビジネスにもお使いになれますよ」

「あー、なんか、ステキなカバンですね。こういうトートバッグ、欲しいと思ってたんですよね。これは、手づくり品なんですか」

「はい、バングラデシュで、職人がひとつひとつ手作りしているんです」

「へー、バングラデシュ?」

「はい、ここの製品はすべてバングラデシュで作っているんです。うちの代表がバングラデシュで工場を建てて、そこの人たちの雇用にもつなげているんです」

「へー、そうなんですか」

普通なら、大阪のおばちゃんっぽく、「ちょっと、観たわよ、この間のテレビ! カンブリア宮殿っ! 山口さんっていう方、ほんっと、すごいわねぇ~、志が高くて、すばらしいわっ!」とたたみかけるところなのだが、この店員君の、若干の「前のめり感」が私を躊躇させた。きっと、たぶん、そんな風に言ってくるお客さんが多いのだろう。

「先日も、テレビで取り上げられたんですよ。カンブリア宮殿っていう番組で。」

(ご覧になってませんか? と言いたげな間。)

「へー、そうなんですか」と言いつつ、バッグにしか興味がない、という感じでバッグを見続ける私。

「バングラデシュ製ですが、代表の山口がデザインも考案して、品質も高いものに仕上がっています」

「へー、確かに、作りもしっかりして、形もステキですね。あー、こっちのカバンもいいなぁ。」

「あー、それは、最新のデザインのものです」

「わー、ステキですね。わっ、でも、こんなに小さいのに、あっちのトートより、ずっと高いのねっ」

「使っている革が全然ちがうんです。デザインも凝っているし。」

「ふ~ん、そういうもんなんだ」

(はい、そういうもんです、と言いたげな間)

「やっぱり、バングラデシュというと、牛を食べないから、牛革もたくさんとれるんでしょうね? あ、それとも、食べないから、逆に革を取りにくいかな? あ、いや、牛を食べないのは、インドだけか?」

「・・・。」

若く利発そうな店員君は、こういうお店で働いているだけあって、最近の「意識高い系」っぽい、さわやかな好青年であったが、バングラデシュで牛が食べられているのか、いないのか、についての話あたりから、トーンダウンし始め、あっちのバッグを手にとっては眺め、こっちのバッグを肩にかけては鏡に映す私を見て、「このおばさんは、カバンを買うのか、買わないのか!?」と、心中いらだち始めていたに違いない(と思う)。

で、結局、「カンブリア宮殿など知らない。たまたま立ち寄ったら、気に入ったカバンがあったから、少々お値段は高いけど、買っちゃうね」という感じのお客を演じきって、マザーハウスの「アンティーク キャリアトート」を一つ、お買い上げした次第です。

downwardright こちらが、そのカバン。

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下に敷いてあるのは、布製のショッピングバッグで、お買い上げの際は、これにカバンを入れて渡してくれました。電車に乗って家に帰るまでに、「どんだけ MOTHER HOUSE 宣伝するねんっ」というくらい、目立つショッピングバッグでありました。

バングラデシュのみなさん、長く愛用させていただきますね♪

2017年9月30日 (土)

現実逃避のプチ「中毒」

夏休み中に会議があって、大学に行った。隣りに座った若い同僚が、「あー、家で論文書いていても、一行書いては、立ち上がり、別のことをして。また机に戻って、一行書いては立ち上がり、他の用事したり、家事をしたり。全然すすまないんですよねぇ。そのかわり、家は妙に片付いて。」と嘆くのを聞いて、「それは、私のことを言っているの!?」と激しく同意してしまった。

夏休みは時間をかけて、ゆっくりと論文に向うことができる時期。他の用事は入れず、一日中家にいて、ひたすら論文執筆に取り組む。そう、ひたすら論文を執筆するのです! と、気合だけは十分なのだけど、これがまぁ、ぜんぜん進まない。

1行書いては消し、消しては書き。黙考。熟考。・・・と言えば、聞こえはいいけれど、結局大して考えも深まらないまま、どうしたものかと考え込み、「あ、コーヒーでもいれよ」と、台所へ行く。

台所へ行くと、キッチンまわりのかたづけをしたり、新聞を読んだり。

で、コーヒーをもってパソコンの前に戻ってきて、また初めから読み直しては、書き直し、書き直しては消し、消しては考え。

気が散りはじめる。ⓔのアイコンをクリックして、メールをチェックする。何もない。そりゃそうだ、さっきパソコンに戻ってきた時に見たばかりだから! ネットサーフィンが始まる。あー、いかん、いかん!

エクスプローラーの右上の×を押して、二度と開かないことを誓い、ワードの画面に戻る。

さらっ、さらっ、さらさらっ、と4行ほど書く。ふー、疲れた。

今度は手元のスマホを見る。スマホの画面はパソコンでエクスプローラーを立ち上げるより、ずっと抵抗が小さい。画面が小さい、ということと、ボタン一つで画面を消せる、ということからでしょうか、パソコンのネットより、罪悪感も3割ほど減。

スマホのボタンを押して、【メルカリ】のアイコンをタッチする。キーワード <プリマヴィスタ> のところをタッチ。ずらずらずらっと並ぶ化粧品の小さな写真に見入る。一画面で12個ほど。上にスクロールして、順番に出品物を見ていく。さっき見た化粧品のあたりで、やめる。

ついさっき、やはり気が散った時点でみた画面にアップされていた出品物から、すでに12個以上が出品されていることになる。めぼしいものがないと、ボタンを押して画面を閉じる。

そう、ちょっとした現実(論文)逃避にはまっているのは、【メルカリ】チェックです。

夏休みの読書感想文が出品されているとか、コンピュータウィルスが売られていた、とか、何かと話題になっているフリマ・アプリ。まぁ、なにごとも、「そんなに話題になってるなら」と試してみるのがよかろうと、ダウンロードしてみました。

特に買うものもないなぁ、と眺めていましたが、ふと自分が使っている化粧品を検索してみると、まぁ、なんと、使いかけのものから新品まで、しかも新品でも値段の安いものがそろっているではありませんか。

<50代の肌のために>、<ー5才肌> という宣伝文句を頼りに愛用している「プリマヴィスタ ディア」シリーズ。ファンデーションのレフィルは、定価2800円、税込みで3024円。

それが、メルカリでは、新品が、送料込みで2500円くらいで出品されている。なんでそんなに安くなるの!? と思いながらも、ちょうどなくなりかけていたので、【購入】ボタンを押す。あとは、郵送されるのを待つばかり。

出品者とのコメントのやりとりがあったり、最後に【受け取り】の評価ボタンを押すなどの手間はあるが、それも「お店の人とレジでのやりとり」程度なので、面倒どころか、ちょっと楽しい。ヤフオクのように、落札されるまでの時間を待たなくてもいいし、送料をプラスして代金を振込んだり、住所をお知らせする手間もいらない。それにスマホの画面で、というのが手軽な感じ。確かによくできている。

それにしても、定価2800円の新品、2500円で出品した人は、メルカリに250円とられて、送料120円負担して、差し引き2130円の売り上げ、ということになるが、それでも元がとれるのか。あのファンデーションは、どこかで2000円くらいで卸されているということなのか?

「買ってみたけど、肌に合わなくて」というのなら1500円くらいで出ていたりする。お店で「テスター」として使われていたものが出ていたりもするけど、販売員が処分をまかされているということか? 「お客さんに買ってもらったものを出品します」というコメントを読みながら、一体どういう「お客さん」で、そのお客さんになぜ、ファンデーションのレフィルを買ってもらうのか? など、疑問は尽きない。

化粧品流通の謎を考えつつも、さらに安い新品が出品されると、目を見張る。あー、2350円で出てる! しかも未開封の新品! めったに出ない値段。あー、この前、2500円で買ったばかりだけど、またすぐなくなるから、買っておこう。【購入】ポチッ。

ところが、そういうお安い品は出品が少ない。少ない上に、出品されたらすぐに売れる。何分前に出品されたかが表示されるので、「えっ、たった8分前に出品されたばかりなのに、もう【SOLD】!?」と驚くことになる。

狙いの「プリマヴィスタ ディア オークル3」の新品未開封レフィルが、2000円で出ていたことがあった。もちろん、見た時にはすでに【SOLD】。14分くらい前だったので、「地団太を踏んで悔しがった」と描写したいくらいの出来事だった。なんで2000円で!? と分析する。見たところ、たぶん、相場をよく観察せず、とりあえず処分したいものを売り切りたい系、と推察。そういう掘り出し物はめったに出ない。

というようなことを、論文執筆に行き詰まり、疲れ、あるいは2、3行書いたあとに、ふとスマホを手に取り、メルカリを開いて、観察するのであります。

だって、マメにチェックしないと、すぐ誰かに買われちゃうから!

こういう倒錯こそが「中毒」の始まりであります。しかも、進まない論文の間隙を埋める絶好の慰めでもあります。

お値打ち品が、見た時にすでに【SOLD】になっている。これがツボなんでしょうね、きっと。

だから、お目当て品が、2222円で出品されているのを見た時は、もうすでに2つもレフィルを手に入れているのに、【購入】ボタンを押さずにいられなくなるのは、やっぱりどう考えても「中毒」ですね。

プリマヴィスタ シリーズには、かわいいコンパクトもあります。白い味気ないコンパクトを使っていた私は、こんなかわいいコンパクトがあるなんて、知らなかった!【購入】ポチッ。 わー、こんなのもあるんだぁ!【購入】ポチッ。 

わー、これもかわいい! しかも、これって、今までにない安さ!【購入】 わー、化粧下地も安い!【購入】 わーい、値下げ交渉したら、150円安くしてくれたぁ~!【購入】

こうして、私の夏休みは、メルカリ中毒のあげくに集まった「戦利品」(下図参照)と、苦労して書き上げた論文1本を残して、本日、終わりとなりました。

たぶん、明日からは「現実逃避」もなくなるので、「中毒」症状も抜けると思います、たぶん。

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(下図) レフィルは箱入りで送ってもらったものが2つ、箱なしのが2つ。コンパクトは3つ! もう、当分買いません!(反省をこめて)

2017年8月31日 (木)

娘、「フーテンの寅」説

毎週土曜日の夕方に、BSジャパンで映画『男はつらいよ』シリーズをやっている。気が向いた時に見ているが、いつの頃からか、かなりはまっている。

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渥美清演じるフーテンの寅さんが巻き起こす人情劇は、超絶ワンパターンのお話で、寅さんが故郷の柴又にふらっと帰ってきては、妹さくらをはじめとする「とらや」の人々と、泣き笑いのドタバタ劇を繰り広げるが、そのワンパターンぶりに、はまってしまう。

毎回毎回、よくも「とらや」の人々は、寅さんのことを心配したり、心から喜んでやったり、悲しんでやったり、寅さんに翻弄されたりするものだ、と感心する。

どんなに、寅さんに迷惑をかけられても、いつの間にか寅さんを許し、寅さんのために何かしら手助けしてやることになる。そして、寅さんが再び旅に出ていく時は、「今度いつ帰ってくるのか」と、これまた心から心配してやっている。

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何作も見ているうちに、自分が、パッとしない日常を地道に生きている「とらや」の人々の立場に立って見ていることに気づく。彼らに強く共感しながら、寅さんの不器用な放浪人生を、ハラハラと応援しながら眺めているのだ。

寅さんだって、妹のさくらのことは大好きなはずなのに、どうしてすぐに、喧嘩ごしのものの言い方になってしまうのか。どうして、何かといえば、おいちゃんやおばちゃんと言い合いになってしまうのか。どうして、「とらや」で落ち着いて、仲良く暮らせないのか。

そうかと思えば、寅さんは、縁もゆかりもない、というか、「袖振り合うも多生の縁」とばかりに、出会った他人に優しくする。惚れた「マドンナ」だけでなく、困っている人を助けてやったり、孤独な人と一緒にいて和ませてやったりする。

家族とは長く一緒にいられず、偶然に出会った人と一時的な縁を結ぶ。

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それが寅さんなんだなぁ。そういうもんかも知れないなぁ。家族には優しくできなくても、他人には優しくすることができる。家族からは厄介者扱いされても、他人からは頼りにされたりする。

そういう人っているよなぁ、と思ったら、ふと、それって、うちの娘のことではないか、と思い至った。

まだ小6の娘なので、テキ屋をやっているわけでも、ふらっと旅に出るわけでもないが、家族と一緒にいたがらず、他人に寄って行きたがるというところが、重なって見える。最近は、娘に口うるさく注意することが多くなって、家族とは「喧嘩ごし」の物の言い方が増えたが、あかの他人とは、もしかしたら、仲良くやっているのかもしれない、と思った。

だいたい、昔から、親とじっと一緒にいることのできない娘だった。歩くことができるようになって、スーパーに買い物に連れて行くようになった時から、すきさえあれば、親から離れて一人でうろうろしようとした。

そして、たいてい、よそのお客さんか、店員さんのところに寄っていくのだ。

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upwardright 4歳のころ。スーパーで、「見当たらないな」と思ったら、よそのお客さんのところに寄っていっている、図。

downwardright これまた、4歳のころ。おもちゃのベビーカーを買ってもらって「マイブーム」だったころ。ショッピングモールにて。

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この時は、ショッピングモール内のあちこちの店に行ってしまい、すぐに見当たらなくなった。

しばらく探しても見当たらず、「まさか、誘拐されたのでは!?」と真剣に心配した時の、あの「血の気の引く思い」は今でも鮮明に覚えている。あれ以来、「誘拐されたのではないか!?」と疑うことは一度もない。必ずどこかにいる、と思うようになった。

小さい頃は、「じっとしていられないのも仕方ないか」と思っていたが、大きくなるにつれ、ますますその傾向は強くなる一方。

そして今夏、家族旅行で乗った近鉄特急@伊勢志摩行 の2時間半の電車の中でも、ほとんど一緒に座席に座っていることはなかった。

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upwardright 乗った瞬間に撮った記念写真@近鉄特急

この後、駅弁を食べている間はここにいたが、その後、行方知れず。

車内をうろうろし、トイレに行ったり、戻ってきてジュースを飲んだり、空いている席に座りに行ったり、愛想よく相手してくれる人のところで過ごしたり。

これまでの家族旅行はすべて車でしたが、もう列車旅行でも大丈夫かと思っての今回の初挑戦。大丈夫だったといえば大丈夫だったが、普通でないといえば普通でないことが、白日のもとにさらされた結果となりました。

万事がこの調子でしたから、旅行中に七海に言うことの大半は、注意と警告、諭しと脅し。それに、禁止とわずかばかりの許可。旅情を分かち合うなどということはかなわず、徒労感ばかりがつもる旅となりました。

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upwardright とはいえ、伊勢志摩の旅行は、それなりに楽しみましたが。
昨年、伊勢志摩サミットが行われたホテルのレストラン。
「ここに本当に首脳たちが座っていたの!?」と、最後まで半信半疑でしたが。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

七海が1歳になる前ごろからミルクを飲まなくなり、鼻からチューブでミルクと栄養剤を流し込んで大きくした頃の「普通でないといえば普通でない」状態を、「摂食障害」と名付けてみると、自分なりに理解できて、気持ちが楽になりました。

なので今回は、この「普通でないといえば普通でない」状態を、「注意欠陥多動性障害」と名付けてみました。そうすると、自分なりに理解できて、腑に落ちた気持ちにはなりました。

腑には落ちましたが、どう対処していけばいいのか悩むところではあります。

そもそも、こんな状態を放置しておいたら、いつか悪い人に連れて行かれたりするんじゃないかと心配は尽きませんが、「知らない人には絶対について行っちゃだめよ!」 ー
「はい、絶対についていきません!」という、何十回となく繰り返されたやりとりを続けるくらいしか、今のところ対処の方法が分かりません。

まぁ、そんな時に、『男はつらいよ』を見ていて、「あー、うちの娘は寅さんなんだ」と思い至ったわけです。

寅さんが、たまたま縁を結ぶ人と親しくなり、慕われ、頼りにされることがあるように、七海もきっと、家族以外の「よそ様」の世話になったり、かわいがられたりして生きていくんだろうなぁ、と、少しの希望を見出した次第です。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

downwardleft 別のある時は、思いもかけずに、ホワイトタイガー@ニフレルを見かけて、こちらは大コーフンだったのに、

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downwardleft 七海は、その檻の前で、ホワイトタイガーには大して興味も示さず、飼育員さんに話しかけることに夢中でありました。

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七海の夏休みは、こうして終わっていきましたとさ。

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