日常生活

2019年4月30日 (火)

ホットヨガ、はじめました

ここ数年、体の不調が常態化して久しく、パソコン作業をするだけで、肩や首筋がガチガチに固まり、血流が滞るためか、頭痛やめまいに襲われること、しばしば。

鍼灸に通って、肩の凝りをほぐしてもらい、血流やリンパの流れを良くしてもらっても、やっぱり一時しのぎに過ぎず、これはやはり、日ごろから、自分でケアしなければならないのではないか、と思っていたところ、

近所のスーパーに、「ホットヨガ」のスタジオができたのを知り、「おぉ、ヨガなら、肩凝り解消! リンパの流れスムーズ! ではないか!」と、衝動的に入会いたしました。

「ヨガ」でよかったんですが、たまたま、そのスタジオは、「ホット」がついた「ヨガ」で、室温38度、湿度65%くらいの中でヨガをするもんだから、まぁ、これでもか!というくらい汗をかくヨガなのでした。

無料体験レッスンを受けたあとは、「ちょっと、汗をかきすぎるんじゃないか」と思わなくもなかったのですが、

「お試し3か月間はレッスン料無料、全国どのスタジオでもレッスン受け放題! 今なら、ヨガマットとボディローションと、なんやらとかんやらがついたセットがこんなにお安く! 水素水サーバーも使い放題3か月間無料!」 と、お得感満載の説明に、ふんふんとうなづいているうちに、あれやこれやと契約書にサインが終了し、突然に、私の「ヨガライフ」が始まったのでありました。

ヨガといえば、こんな感じでしょうか。

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あるいは、こんなポーズをとったり。

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確かに、こんなポーズをやらされている気はしますが、初心者にはまだ、どのポーズがどうなんだか、第一、高温多湿のスタジオでは、汗が滝のように流れて、こういったさわやかなイメージとは、ほど遠いです。

幸いなことに、ホットヨガスタジオは薄暗く、前面が鏡張りではありますが、あまり自分の姿がはっきり見えないのが救いです。

薄暗い、というか、こんな感じでしょうか。

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イメージ図の人びとは、すばらしいお姿ばかりですが、もちろん、これらはイメージであり、理想であり、現実の鏡に映っている自分の姿は、見られたものではありません。

いや、もう、ヨガやってるんだか、サウナで汗流しに行ってんだか、ってくらい、汗が出るので、肩こり解消の趣旨はどうなってんだか、ですが、これが1時間、ヒーヒー言いながら汗を流すと、なんとなく気分がすっきりするような気はします。

でも、フリー・フルタイムコースが無料の期間だから! と調子にのって週3回もレッスンを受けたりすると、週末にはぐったりして、なんだかとてもだるいので、たぶん、スッキリするのは気のせいで、体には相当、負荷がかかっているのだと思います。

で、週に1回くらいにすると、肝心の「肩こり解消!リンパさらさら!」の効果を感じるには至らず、あいからわらずトホホな感じなんですが、まぁ、なにごとも「効果」を得るには、根気よく継続、が大事ですね。

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   *以上、すべて、イメージ図です

1回のレッスンでは、1リットルの水を飲むのですが、「マンスリー水素水会員@1100円(初回、水素水バッグ購入 1240円)」になると、スタジオの水素水サーバーから水が汲める。「これも3カ月間、無料でおつけしておきますね!」と言われて、自動的に入っているのだが、3か月間この便利さを実感したら、たぶん有料になっても止めないだろうなぁ、と思うので、なるほど、うまいビジネスの方法だと、感心している。

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   *水素水を飲む、のイメージ図

しかも、「水素水は、レッスンのない時でも、いつでも汲みに来てくださいね!」と言われているもんだから、おばさん(含む、私)は、買い物のたびに水素水バッグを持参し、せっせと水を汲んでいる。

こうやって、スタジオに足を運ぶ習慣づけがなされ、「あ、たまには、ヨガのレッスンも受けないと」という感じで、断続的にヨガも続けていくことになるだろうと思う。

「継続会員の獲得と維持」が必須のビジネスモデルにおいて、「なるほど!」という経営努力の片鱗を垣間見た「ホットヨガ」で、あります。

↘ 理想のヨガ像@ほど遠い現実
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*今回は、お見苦しさを考慮して、すべて、イメージ図でお届けしました

2019年3月 1日 (金)

ふるさと納税

皆もすなる納税といふものを、我もしてみむとてするなり。

と、土佐日記風に書いてみました。「皆」というのは、二人の同僚と実妹であり、「納税」は正確には「ふるさと納税」で、「我」の部分は、土佐日記では「女」です。

ニュースでも頻繁に耳にするようになり、返礼品の割合が問題だとか、ふるさと納税をしない手はないとか、その評判をネットなどでみるにつけ、これは、やらなければならないのではないかと、思うようになりました。

しかし、なかなか始めるきっかけがつかめずにいたのですが、昨年末、「おせち」が返礼品としてあることを知るに至って、ついに、「初ふるさと納税」に成功しました!

毎年、実家では「おせち」を購入しているのですが、どこで買おうか、どれを買おうか、と、これが結構、頭を悩ませる問題だったので、返礼品にあると知って、さっそく「ふるさと納税サイト」を探してみました。

しかしまぁ、うわさには聞いていましたが、ふるさと納税サイトは、もうほとんど、ショッピングサイトですね。種々彩々の「商品」の中から、どれを選べばいいのか、頭を悩ませる点は、変わりありません。

「おせち」も、まぁ、たくさんの市町村が、たくさんのバリエーションを用意していて、迷う、迷う。

それで、「ふるさと」納税である趣旨に立ち返り、「ふるさと」がらみで選ぼうということで、実母のふるさとである舞鶴市(に、なかったので)、その隣の福知山市に、適当な「おせち」をみつけ、「叔父さん(母の弟)も住んでいることだし」ということで、注文しました。というか、納税しました?

注文した「おせち」は こちら

4万円の納税の返礼品だから、3割までという原則に忠実であれば、1万2千円の「おせち」ということになるのかなぁ? とか、製造元が「ジー・テイスト」という名古屋本社の外食・食品事業会社だけど、福知山市と何か関係があるのかなぁ、とか、富田林市に入るはずだった4万円の税金が福知山市にいっちゃうのね、とか、まぁ、あれこれと気になりながら、おいしくいただいた「おせち」でありました。

しかし、何事も始めてしまえば、ハードルはぐっと下がるわけで、この「おせち」を皮切りに、肉、水、うどん、ポン酢、本みりんなどを、注文、というか、返礼品として選ぶ、というか、してみました。

このラインナップが、もう、こてこての「主婦納税」です。

季節ごとのフルーツを、返礼品として選んで、ラ・フランスやさくらんぼなどを周りの人々にお裾分けし、返礼品のクーポンで旅行に行ってくる、という同僚の「ガーリー納税」とは、えらい違いです。

「無数にある」と言って過言でない返礼品のチョイスにも、その人の人生が表れるといえるでしょう。

あ、ちなみに、私のチョイスした「本みりん」に、「ん?」とひっかかった方がいるかもしれません。鋭いです。

冬は鍋、夏は刺身、いとおかし。という私が、「本みりん」を使って料理するような隙はありません。

これは、実母が愛用のみりんで、1本千円くらいして、町のデパートくらいにしか売っておらず、「もう買いに行くのもしんどいので、ネットで注文して」と言われ、送料が高いやん! と躊躇している時にひらめき、見事に返礼品として見つけたものであります。

そのサイトは こちら

岐阜県加茂郡川辺町の白扇酒造というところが作っている「本みりん」で、いつぞや私が贈答品としてもらい、そのまま母のところへいき、すっかり気に入られたという品。

届いたみりんが、こちら

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「お届け物」が家に届くというのは嬉しく、また、これを実母がタダでもらって喜んでいる姿も嬉しいものですが、しかし、私はもう、当分、「主婦納税」はしないなぁ。

え、納税限度額に達した? No.

欲しいものが、もうない? No.

富田林市の税収減が気にかかる? No.

あ、「ガーリー納税」に切り替える? No.

送られてきた6キロの鶏肉が2キロずつ冷凍されていて、使う時、2キロも解凍しなければならず、連日、鶏肉を食べ続けるはめになって、うんざりしたから? (Yes and) No.

「返礼品」をいただくために払った「税金」は、翌年の住民税として還付されます。つまり、税金の前払いということですね。

「還付される」と言っても、たぶん、払うべき住民税が少なくなる、という感じでしょうか。しかし、いずれにしてもまだ、私は、税金の還付も軽減も体験していません。

そりゃ、そうです。昨年末から始めたので、まだ、「おせち」に払った分さえも、「前払い」状態です。年が明けてからの「本みりん」その他の品々の分は、「元がとれる」のは、1年以上先の、来年の春以降です。

私の今の実感としては、ショッピングサイトで、あれこれと欲しいものを注文し、クレジットカードで支払って、後日、その明細を見てギョッとしている、というところです。

「おせち」に4万円! 「本みりん」に1万3千円! 鶏肉に1万円も!そして、その他もろもろにウン万円も! 支払って、自分でそれらの品を購入している、という感覚に襲われているわけです。で、あー、もう、これ以上は無理! という気持ちの限界がやってきた次第です。

いやいや、だから、それらのお金はすべて戻ってきて、実質的には、それらのお品は「タダ」になるんだから! という理屈は、頭では分かるのですが、「ショッピングサイトで、何万円ものお買物をする」という行為が、私の「金銭感覚」に警報を鳴らしている、とでも言いましょうか。

ということで、もう当分は、ネットショッピング(もとい、「主婦納税」)しません。再開はたぶん、「還付」があって、「あー、納税して、よかったぁー」という実感が、体に湧いてきてからでしょうか。

そのころには、自分が、「朝三暮四」の故事に出てくる猿だった! と気がつくんでしょうね。

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だれが猿やねんっ

2019年1月 1日 (火)

2019年 新年おめでとうございます

結局、2018年12月の更新をすることなく、2019年になりました。

ということで、2018年のお別れもそこそこに、2019年のご挨拶をさせていただくことになりました。

どうも2018年の下半期は、体調、気分ともにすぐれないことが多く、12月は鍼灸院に、たびたび通うも、「体の気の流れが悪く、バランスが崩れている」と言われ、すっきりしないまま。

これが世にいう「更年期」というものなのでしょうか。
耳鳴りはするは、めまいはするは。
頭が痛かったり、肩が凝ったり。

2019年元旦の朝は、いままでに見たことのない数字を体重計の中に見ました。

うーん、毎年、元旦には、このネタですね。しかも、最近は、悪化のご報告ばかりで、悲しくなります。

しかし、「大殺界」はとっくに過ぎたはずなので、このような状況は、新たなステージに向かう「生みの苦しみ」と理解して、この「亥年」を、前向きに進んでいきたいと思います。

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(業火に焼かれている、の図?)
 「あー、この停滞した気運から、早く脱したい~!」

2019年も、ぼちぼちとやっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

平成最後の年、どちらさまも、お健やかにお過ごしくださいませ。

2018年10月31日 (水)

暗い10月

9月から始まったマンションの補修作業のため、家じゅうが黒い網に覆われて、早2か月。

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 カムリくん(一番奥)まで、覆われてしまいました!

私自身も、黒い網に覆われたような気分の10月でした。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

訃報に接することの多い10月でした。

年齢的に親の世代を見送る時期に来ているとはいえ、やはり父、母を亡くすというのは、人生を支えてきた拠り所の一つを失うということで、喪失感の大きな出来事にちがいありません。

でもそれは、人によって、ぜんぜん違う受け止め方であったり、ぜんぜん違う意味をもっていたりして、その人の悲しみや喪失感は、他人には思い及ばないものがあります。

その思い及ばない思いに、思いを寄せようとする時に、こちらの無力感や悲しみが湧き上がってくるような気がします。

自分自身の親を亡くす時の方がまだ、その喪失感や悲しみを、自分のものとして掴むことができるので、気が楽かもしれません。

自分自身の悲しみを悲しむより、他人の悲しみを悲しむ方が、悲しい。

そして、父や母を亡くす悲しみは多少、思い及んでも、配偶者を亡くす悲しみは、とても思い及ばない。

だから、なおさら、悲しいです。

慰めの言葉もみつからないし、元気づける言葉もみつからない。

その訃報に接して、ただただ驚き、そして、残された人の悲しみを思って、私もひたすら悲しかったよ、と伝えたいです。

楽しいことや嬉しいことを伝え合うのは容易だけど、悲しいことやお悔やみの言葉を伝えるのは、難しいですね。遠くにいて、なかなか会うことのできない場合だと、よけいにそうです。

でも、だからこそ、いつも、ずっと心の中で、想っています。

そして、また普通に、笑顔で再会できる日を楽しみにしています。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

そんな気分とともに、10月は、私の体調も絶不調で、久しぶりに、めまいに襲われて倒れる事態になりました。

鍼灸医院に通って、なんとか持ちこたえましたが、東洋医学的に 「体の“気”の流れが滞っている」 ということだそうで、リンパの流れが滞っている、とか言われてもねぇ~。

首から背中のあたりが、ガチガチに硬くなっているのは、たぶん、パソコンで研究計画書だの、申請書だの、業績概要だの、細かい字を打つ作業が続いたせいかと思いますが、でも、そんなこと、これまでも、ずっとしてきたし、そんなことで倒れるような事態になるなんて!

ただ、ひとえに、「年をとった」ということですね。

同じ作業をしていても、もう、若い頃のように簡単にやり遂げることができなくなってしまいました。それどころか、ちょっと無理をすると、倒れるようになったなんて!

ということで、いろいろと、どんよりと暗い気分のまま終わる10月なのでした。

ご同輩のみなさま、体はいたわりつつ、「老い」と折り合いをつけていきましょうね。

みなさま、健康には気をつけて、お元気で!

2018年9月30日 (日)

9月の至福と憂鬱

大学教員にとって、何より嬉しいのは、夏休みである。
冬休みも春休みもあるけれど、長さと気持ちの余裕において、夏休みは格別です。

世知辛い世の中になったので、8月になってもまだ授業があり、成績提出や雑務など、お盆のころまで業務が続くし、8月は子供も夏休みで、家族旅行に行ったりしても、これは「本当の」夏休みではない。

本当の夏休みは、9月です。

朝から家に誰もいない。とりたててやらなければならない仕事もない。全部の時間を、自分のためだけに使える。これを「至福」と言わずして、何といいましょう。

ようやく落ち着いて、お勉強ができる。論文が書ける。科研の申請書の構想が練れる。

そう、こういう「お勉強系」の仕事は、有り余る時間の中で、一人ゆっくりと自分の机に向かって過ごす「至福」の時間の中でこそ、可能になるというものです。

ところが、今年の「至福」の時間は、なんとも「憂鬱」な事態によって妨げられることになったのでした。

今年は、住んでいるマンションの大規模修繕工事をする年ということで、なんのタイミングか、8月から工事が始まり、9月には、我が家の周りに足場が組まれ、家全体がすっぽりとネットで覆われてしまったのでありました。

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 我が家はこの2階。下に見えるのは、応援にかけつけてくれたカムリくん。

至福の9月に、至福の場所である勉強部屋の横に足場ができ、そこに人影が現れるように!

もちろん、工事関係者が覗くそぶりをするわけではなく、カーテンもひいているのですが、いつ、窓の外を人影が横切るかと思うと、もう全然、落ち着かない。

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 カムリくんのお顔を正面から撮り直してみました。

隣の棟も、その向かいも、みんな黒幕で覆われています。黒幕の中では、せっせと補修工事をする人々が行き交っています。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

こうして私は、至福の9月に、至福の場所にいることができなくなり、朝から家を出る羽目になったのでありました。

かと言って、車で1時間かかる大学まで行くのも非効率で、いきおい近所で落ち着けるところを探すことになります。
まぁ、いわゆる、ノマド的な?

しかしまぁ、「ノマド・ワーク」というのは、都会の中でこそ可能なのであって、富田林のような田舎では、なかなか難しいものがあります。

近所の図書館や公民館は、朝から定年退職以上の年配者が押し寄せていて、どうにも居心地が悪い。おまけに、机といすのあるところは、「ここは図書館の本の利用スペースです」ということで、自習禁止、ノマドワーク禁止、が原則。

近所の喫茶店も、定年退職以上の年配者および近所のおばさま方の寄合所的雰囲気で、よく言えば、活気にあふれていて、にぎやか。ファミレス、マクドも、いわずもがな。

若干客足の少ないモスバーガーは、よく言えば、静謐な環境が保たれている時間帯があるが、それでも、沈思黙考、熟思黙想、審念熟慮するには、ハンバーガーのにおいが気になりすぎる。

ということで、なんとも締まらない9月を過ごして、夏休みが終わろうとしています。とほ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

9月の憂鬱、といえば、朝ドラ史上、最高傑作と言ってよかった 『半分、青い。』 も終わってしまって、悲しいかぎりです。

くらもちふさこ原作 『いつもポケットにショパン』 がモチーフになっている、というあたりからして、これまでの朝ドラとは全然ちがい、心鷲掴みポイントが多々ありましたが、ここでは、我が家限定の鷲掴みポイントをご紹介して、『半分、青い。』へのオマージュとしたいと思います。

ある日の『半分、青い。』 の画面

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これは、主人公の鈴愛と、娘の花野ちゃんの場面ですが、注目は、左奥にみえるクッション!

左側の、白地に赤やうす茶の縞模様のクッション!

あれ、うちのと同じクッション!

しかも、うちには、2個もあるぅ!!

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ニトリで買ったクッション!(正確には、ニトリで買ったのは「クッション・カバー」ですが)

NHKの小道具さんと、おんなじセンスぅ~。

って、まぁ、これが、自慢すべきことなのかどうかは疑問ですが、こんなトリビアなことも嬉しかった 『半分、青い。』 でした。

あー、明日から、10月だよぉ~(;_;)

2018年8月31日 (金)

夏休みっ!

はじめまして? 七海です!

13歳になりまして、中学生になりまして、また一つ、できるようになったことと言えば、家の鍵をもって学校に行って、家に帰ってきてママがいなかったら、自分で鍵を開けて、留守番してママが帰ってくるのを待ってることができるようになった! ということです。

そんな中学生の子をもつ親の気持ちは、いろいろと複雑なようですが、こればっかりは、気長に見守っていただくしかないと、そんな風に思っている中1の夏です。

で、中3になると、沖縄への修学旅行があるんだけど、「この子に飛行機が乗れるだろうか!?」という親の心配がつのった結果、今年の夏休みは、「飛行機に乗るぞっ、おー!」 を合言葉に、初めての飛行機旅に連れて行ってもらいました!

イェ~イッ!

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 誕生日プレゼントのキャリーケースをもって、初フライト!

でも、初めて乗った飛行機は、ANAではなくて、ピーチ航空っていうピンクの飛行機。

当初から予定していたハウステンボスに加えて、ママが勢い余って予約した、ピーチ航空、関空-釧路間、8月就航おめでとう!記念で、阿寒湖にも行ってきました。

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 真夏の阿寒湖、さっむぅ~

連日36度の猛暑の関西を離れ、避暑に行くには最高の釧路でした。

でも、ママは、「温度差20度の国内移動+連日の雨+連日のバイキング料理食べすぎ」のため、帰宅後は、自律神経失調症的に体調を崩したようで、そんなん、

あ・か・ん! 湖 やん・・。

(と、関西人の子らしく、いちおう、言っておきます)

☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

で、ハウステンボスには、ANAで行ってきました。

飛行機で、おねえさんが、「お飲み物は、何がいいですか?」と聞いたので、「いりません」っていうと、うしろからママが、「ななみちゃん! この飛行機の飲み物はサービスだから、ジュース、もらっときなさい!」っていうんで、リンゴジュース、もらいました。

最初に乗った飛行機では、「何も、もらえませんよ!」って言ってたのになぁ~。

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ハウステンボスは、風車やチーズやヨーロッパ風の街並み、っていう、設立当初のコンセプトはすっかり影をひそめて、「めざせ、ディズニー! いや、USJ! っていうか、集客望めるアミューズメントパーク!」って感じになったんだって。

ま、わたし的には、ピカチューと写真撮ったり、ショッピングアーケードで、いっぱい試食できたりするのが、楽しかったけどね。

ママは、ミュージカルとレビューが楽しかったって。

まるで宝塚みたいな歌劇団で、歌も踊りも、たぶん宝塚よりは劣るみたいなんだけど、「会いに行けるアイドル」が流行るみたいに、この歌劇団にも、ちょっとしたファンがついているみたい。

レビューやミュージカルのあとは、団員と記念撮影できるのが、売りみたい。

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 ミュージカルのあとに、記念撮影しました。
  (1回500円! 営業が大事)

ママは、レビューの男役さんが「かっこよかった!」って喜んでて、記念撮影したかったみたいなんだけど、時間が遅かったので、あきらめてもらいました。

今回みたレビューのダイジェストYouTube版
(↑このダイジェスト版の最初の7秒間の男役がかっこよかった! by ママ)

それから、宝塚音楽学校みたいに、「ハウステンボス歌劇学院」っていうのもあって、びっくり!

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「学院長は、澤田秀雄さんなんだって!」

宝塚への夢破れた人は、ここの学院に入ってデビューしてもいいんじゃないかなぁ、って思うんだけど、入学金30万円に、授業料60万円!

ちょっと気軽にトライしてみようっていう値段じゃないよね。

しかも、活躍の場が、入場料最低4,100円(年間パスなら22,000円)払って入らないといけないハウステンボス内のみ。(しかも、長崎。)

うーん、これはなかなか悩ましい選択じゃない?

っていうことを感じた、中1の夏休み旅行でした。
あ、飛行機は、ぜんぜん大丈夫だったよ!by 七海

2018年7月31日 (火)

七海 13歳

毎年のことながら、7月はいつも、七海が一つ年をとった、というご報告になります。

ということで、七海も13歳になりました。

お店の人なんかに「何歳?」と聞かれて、七海が「13歳」と答えると、一瞬「え?」という間をおかれてしまう感じの、13歳です。

七海をかわいがってくれていた祖父母も、一人、二人と亡くなり、いよいよ最後の一人となった祖母に、「ばーば、死なんといてな。ばーばが死んだら、誰が私のごはん、作ってくれるん?」と言って、祖母&母を苦笑させた、13歳です。

趣味は? うーん、YouTube でメルちゃんのお人形遊びを、延々と見ること? あるいは、BS番組『みんなdeどーもくん』の録画を、延々と見ること? の13歳です。

夏休みは、放課後じゃないけど「放課後デイサービス」に行って、宿題したり、お友達と遊んだりして過ごしている、13歳です。

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  13歳、おめでとう! - ありがとう!

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 「この大きなエビの殻は、どのように食べるのでしょうか?」

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誕生日プレゼントに、「みんな、もってるねんで!」と言って、スマホを要求するも、あっけなく却下され、旅行用のキャリーケースを買ってもらった、13歳です。

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 「今年の夏は、これで旅行に行ってきまーす。」

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

小学2年生のクリスマスに、サンタさんからもらったキャリーケースを長らく愛用してきましたが、ついに、パジャマだけで一杯になり、お役目を終えることになりました。

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 小2、8歳の時のクリスマス・プレゼント
  (その時の様子は → こちら )

今回の誕生日プレゼント、七海がスヌーピーの柄を選びました。

このケース、機内持ち込みOKサイズなので、出張旅行の時などに使おうっと、と、もくろんでいる母でありました。

2018年4月30日 (月)

新しいことと、変わらないこと

2018年度が始まりました。

今年度は、七海がいよいよ中学生になった! という新しい年度です。

新しい生活に胸を膨らませて始まった4月ですが、のっけから、つまずいております、制服に!

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七海:「制服は、セーラー服にスカート。制カバンは肩掛けなので、やや持ちにく~い。ランドセルがよかったなぁ。」

もちろん、七海は制服を着るのが楽しみで仕方なかったし、毎日、楽しく登校している。

しかし、制服って、思っていたよりずっと煩わしい衣服なのでありました。

まず第一に、ずっとズボンしか穿いていなかった七海が、いきなり毎日、スカート!

腰のところのカギホック、っていうんですか? あれを留めて、ファスナーをあげて、プリーツの正面がちゃんと前にくるように穿く、これがまず一苦労。しかも、スカートがめくれないように、あるいは適正にさばきながら、一日を過ごすのは、思ったより大変なんじゃないかと推察される。

考えてみれば、スカートというのは、かなり「非・行動的」な衣服であって、中学生の学校生活には、実用的ではないんじゃないかと思う。

それが証拠に、七海の中学校では、登下校は制服が義務付けられているが、学校内では体操服で行動してもよいということで、七海は学校に着くと、体操服に着替えて一日を過ごしているらしい。他の女子たちも、多くはそうしているらしい。

だったら、制服なんか、なくてもいいじゃん!

と、実用一直線の母は思うわけだが、そこはそれ、伝統やら習慣やら惰性やら思い込みやら、ついでに、業者さんたちの喰いっぷちやらで、そう簡単には変えられない、変わらない、変えませんから! の、事情があるのでしょう。

七海にとってさらに煩わしいのは、セーラー服の胸のところにある、三角形の当て布のようなものを留める作業。

逆三角形の布の左辺は縫い付けてあり、右辺をポチ、ポチ、ポチッと、3つの小さなスナップ・ボタンで留めるようになっている。

これ、普通の人なら何てことないんですが、これが七海には難しくて!

こういうスナップボタンって、自分がやる時のことを思い返してみると、上からボタンのついている布をかぶせて、指で位置を確かめながら、人差し指あるは親指で、上からポチッと押さえていると思うのですが、どうやら七海は、この「指で位置を確かめながら」というのが、できないらしい。

両手で、一つ一つのボタンをもって、自分の目で見ようと最大限に持ちあげて、スナップボタンの凸と凹を合わせようとする。その時点で、布の向きが反対?になっていて、次のボタンを留めようとすると、無理な力がかかるので、一つ目のボタンがはずれる。

もう、目もあてられない、というか、その「不器用さ満開」が情けない、というか、かわいそうというか・・・。

「自分でできるようにならないと!」と思って見守るが、登校時間に遅れるという影響が出るほどになり、結局私が留めてやることになる。

何日か試行錯誤したが、七海の技術向上を待っていられなくなり、ついに制服屋さんに相談して、スナップボタンをマジックテープボタン(というのでしょうか?)に替えてもらうことになりました。やれやれ。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

「制服問題」が片付いたと思ったら、今度は、体育館シューズ問題。

学校指定の体育館シューズは、ひもで結ぶタイプで、靴ひもを蝶結びにしなければならない。春休みに猛特訓したが、学校の先生に言わせると、最後のところは結局、先生に結んでもらっているらしい。

先生:「学校でも蝶結びの練習はしますが、どうしても集会とか、みんなと一緒に行動しなければならない時に遅れるので、マジックテープタイプのシューズを用意してもらったほうが・・・」

ということで、これまた、七海だけ特別なシューズを用意することに。

あー、それなら、はじめっから、マジックテープのシューズを買っていたのに!

上履きも、学校指定なんですが、これは事前に「無理!」を予見して、七海だけ特別な上履きでもいいと了承をもらっていました。

学校指定の上履きは、クロックス風のサンダルみたいなもの。「こんな草履みたいなのが上履き!?」と、中学入学説明会で見た時は驚きましたが、草履・スリッパ類がうまく履けない七海が、これを履いて、階段を上り下りするとどうなるか。これは火を見るより明らかに予見されましたので、事前に、上履きは違うものを用意させてくれと、中学校にお願いしておきました。

もちろん、しょうとく園のころより愛用の、アシックス・すくすくシリーズの上靴で!

体育館シューズまでは予見できなかったのが、悔やまれます。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

かように、七海の中学校生活のスタートは、「想定外」の波乱含みでありましたが、本人は環境の変化に揉まれながらも、楽しく毎日を送っているようです。

しかし、思うに、これほど「多様性」が尊重される時代において、学校指定の制服、学校指定のカバン、学校指定の上履き、学校指定の体育館シューズ、学校指定の・・・、その他多数。しかも、初期費用だけでも10万円近く。公立の中学校において。これはもう少し、見直されてもいいのではないでしょうか。

まぁ、自分自身は、中学・高校と、制服に疑義も嫌気も感じたことはなく、喜んで従ってきたほうですが、それはやはり、自分が「メジャー側」にいたからなんだな、と今さらながらに思います。七海のような「マイナー側」に立って初めて、そのメインストリームに疑問をもつことになる。

最近は「性自認」などに対する理解も深まって、制服も選択肢が広まりつつあるらしいが、そもそも、中学や高校で「制服」って必要なのか、というのが、根本的な問題としてあるように思います。

ま、しかし、これは、私がこの1か月ほどに、急に感じた「問題意識」なので、泡沫候補的問題にすぎないのも事実でありますが。

(「本命候補的問題」は、たとえば、「夫婦別姓問題」とか、「女人禁制問題」とか、ですかね。いずれも、「マイナー側」から声が上がり、これがもう、すでに「マイナー」でなくなっている、という感じの問題でしょうね。)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

七海の新しい生活とは対照的に、また、同じ新年度の始まりの私。

例年のごとく、新入生を迎え、一からまた、「こんにちわ」-「こんにちわ」。

特に今年の火曜日は、

2限:バンバラ語、3限:1年生スワヒリ語、5限:初級スワヒリ語

という、語学の授業が3連チャン。しかも、全部、初級。

ということで、この1カ月、火曜日は、挨拶&自己紹介ばかりしている。

「こんにちわ」ー「こんにちわ」

「おはようございます」-「おはようございます」

「お元気ですか」-「はい、元気です」

「ご家族のみなさん、元気ですか」-「はい、元気です」

「あなたの名前は何ですか」-「私の名前はヨーコです/私の名前はジギです」

「あなたはどこから来ましたか」-「私は大阪から来ました/私はマリから来ました」

「さようなら」-「さようなら」

これを1日3回、いや、5回、いや、10回くらいは言ってるなぁ、スワヒリ語&バンバラ語で。

Hujambo? - Sijambo.

Habari ya asubuhi? - Nzuri sana.

Habari gani? - Salama tu.

Nyumbani wote hawajambo? - Hawajambo.

Jina lako ni nani? - Jina langu ni Yoko.

Unatoka wapi? - Ninatoka Osaka.

Kwa heri. - Kwa heri.

私は、基本的には「語学教師」体質で、これを何度も言って、何度も学生にリピートさせないと気がすまない。

毎年毎年、4月はあらたな気分で、Hujambo? - Sijambo.

バンバラ語は、テープを流して学生にリピートさせる。自分も一緒にリピートする。

I ni tilen. - Nba,i ni tilen.

I ni sɔgɔma. - Nse,i ni sɔgɔma.

I ka kɛnɛ wa? - Tɔɔrɔ tɛ.

Somɔgɔw ka kɛnɛ wa? - Tɔɔrɔ t'u la.

I tɔgɔ bɛ di? - Ne tɔgɔ ko Jigi.

I bɛ bɔ min? - Ne bɛ bɔ Mali.

K'an bɛn. - K'an bɛn.

これらの例文が、私の頭の中を、ずっと巡っていた4月でした。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

そのおかげか、朗報が一つ!

年明けから、「爆買い」していた『大人のカロリミット』ですが、もちろん、大方の想像通り、効果は見られておりません。史上最重体重ラインをはさんで、一進一退の攻防戦を繰り広げながら、3か月が経ちました。

効果が見られないどころか、毎日4粒飲み続けていたら、若干めまいのようなものを感じる時があって、飲むのを控えたり、3粒に減らして休み休みのんだり。爆買いカロリミットがまだ、大量に残っています。とほほ。

20180131

そんなとほほ状態にもかかわらず、この4月からの1カ月で、気が付けば、2キロ減量という朗報が!

そう、これは、とりもなおさず、授業での大声発声のたまものなのでしょう。

アーンド、なんやかんやで、七海の件に対する母・神経消耗が効いたのでしょうか!?

ちょっと、やつれました、みたいな?

きゃぁ!(← 嬉しい悲鳴)

2018年2月28日 (水)

Memento Mori

2014年2月16日に、七海の祖母であるところの、ダンナのお母さんが亡くなった。

その時のこと → 「さよなら、ばーば」

あれからちょうど4年となる、2018年2月15日に、その夫であるところの、七海の祖父である、ダンナのお父さんが亡くなった。

享年90。 「大往生」と言っていい人生の終幕だった。ただ、その最後の4年間は、「妻に先立たれた夫」の典型のような人生であり、人生の「消化試合」のような4年間であったようにも、みえる。

義父は、ダンナとダンナのお姉さん、ダンナの叔父であるところの弟夫婦、それに1日に3回訪問してくれるヘルパーさんたちの全力の支えでもって、4年間の自宅での一人暮らしをまっとうした。

臨終に際して、大泣きしてくれたというヘルパーさん。出棺に際して、棺のそばで涙を流していた叔父さん。

お義母さんの時は泣けたけど、お義父さんの時は、申し訳ないけど、の嫁。

昨年、実父を見送った時も、さほど泣くことはなかった。 → 「さよなら&ありがとう、ジージ」

さすがに、慣れた。 
通夜、葬儀の段取りも、だいたい、把握した。 
順番に見送っていく、というのは、こういうことなんだろうなぁ、と思う。

20180216a

七海:「天国でばーばと仲良く暮らしてくださいね」

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

一番泣けたのは、同僚のT村さんのお母さんが亡くなった時だったかもしれない。2012年の秋、まだ70歳という若さと、T村さんとお母さんの結びつきの強さを思うと、それだけで泣けた。

あれから5年余りの間に、いろいろな人を見送った。
T村さんのお父さんも、Y田N子のお母さんも。それから、大学院の時の恩師二人も。

自分たちの両親はまだ健在だなぁ、と思っていると突然に義母が逝き、昨年は実父が旅立ち、今年は義父も逝った

ここによくコメントくれるNoraさまのお父様も、シスターのせぽんのお父様も旅立たれた。

高校時代の恩師や、義兄・義弟の父上といった、やや離れた親戚縁者も入れると、まさに「数え切れない」くらい
の人々が逝ってしまった。

『ぐるナイ』の「ごちになります!」で馴染んでいた大杉漣さんの訃報にも驚かされた。

まさに、Memento Mori. ー 死を想え。

これは、自分の死について、いつも覚悟しておかなければならないという意味らしいが、今はまだ、「見送る側」の心構えのように思ってしまう。

誰がいつ、突然亡くなっても、おかしくないのだ、覚悟しておけ、と。

そう思うと、ほぼ「寿命をまっとうした」くらいの年齢で亡くなるのは、幸せなことだと思える。「まだもう少し寿命があるはずなのに」というのは、悲しい。「昨日まで、元気だったのに」というのは、もっと悲しい。

それもこれも、みんな、残された側の感情だ。亡くなる人の無念や思いは、どのようなものだろうか。

自分が死ぬ時に、何を思うのか。

Memento Mori.

いつ死んでもいいように、日々心がけて過ごし、死んだあとのことも考えて、身の回りを整理しておき、通帳や印鑑など、何がどこにあるかも、残された人が分かるようにしておき、・・・、などといった境地には、まだまだ立てませんけどね。

そんな整理をし始めると、まるで、明日にでも自分が死にそうな気がして、いやだしなぁ。

こうして、いろいろな人を見送りながら、自分の番を待つことになるんだろうけど、それでも、いまわの際まで、自分は死なない、と思いながら、過ごすんだろうなぁ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

あっ、そうだ。

私のハンドルネーム(というほどのものでもありませんが)、K森 Junko あらため、M.森 Junko にしたいと思
います。

これからは、こちらでは、「M.森さん」と呼んでください。(ピリオドも意識しつつ)

そして、数年がたったころ、初めてこちらを訪問してくださった方が、「あれ、K森さんなのに、どうして、M.森さんって、呼ばれているんだろう (しかも、ピリオド付き)」 と気づいた時に、「M.」が何の略なのか、そっと教えてあげてください。

きっと、その深さに驚愕することでしょう。

(って、せんか。)

2018年1月31日 (水)

私は私のままでありたい

2018年になっての初投稿。今年もよろしくお願いします、という挨拶に引き続き、お伝えしなければならないのは、残念なお知らせです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2014年1月、体脂肪も測れるタニタの体重計を買い、「レコーディング・ダイエット」を始める決意を表明しました。 → 
2014年1月「1年の計」

そして、2015年1月、1年間にわたる試行錯誤の末に、ついに10キロの減量に成功したことを、高らかにお知らせしました。 → 2015年1月「1年の計:ミッション・コンプリート、の巻」

しかし、その後、体調がダダ下がり。「大殺界」にダイエットというのは、まったく星回りが悪かったようで、体重を5キロ戻して、ようやく落ち着きました。
その顛末はこちら → 
2017年1月「新しい酉年のはじまり」

そして、2018年1月、気が付けば体重はさらに5キロ増え、2014年の振り出しに戻った、と思う間もなく、その後も増え続け、現在、人生初の体重を更新し続けております。そんなご報告のための、本日の記事でございます。

なんて日だっ!

何がまちがっていたのか。10キロ減って、5キロ戻ったところで、止めておきたかった。減量時と同じ食事を続けていて、特に暴食に走っているわけではありません。

なのになぜ!?

一般的に、これを「リバウンド」と呼ぶのでしょうか。そうすると、私にとっての「リバウンド」とは、私の体が、私の命令に従うことをやめ、本来の「自分」を取り戻そうとする、壮絶な「レジスタンス運動」ということができましょう。

レジスタンス運動のスローガンは、「私は私のままでありたい」!

そう、私の体は、40代になると脂肪をため込み始め、50代では筋力の衰えに乗じて代謝を落とし、さらに脂肪をためこむ。いわゆる「中年太り」と呼ばれる、典型的な中年の体形を作り上げていく、そういう風に、生れた時からプログラムされていたように思われます。

2014年までは、順調にそのプログラムにそって歩んできた。(太ってきた、ともいえる。)

ところが、ダイエットによって、順調に歩んできた道を、突然断たれたようなものだったのでしょう。

えっ!? これから脂肪をためこもうという時期に、肝心の炭水化物が供給されない!? えっ、なぜに小麦粉が体に入ってこない!? (←体の叫び)

あんなに好きだった菓子パンはどうした? うどんやスパゲティはどうした?

うろたえる体は、それでもせっせと供給されるたんぱく質と筋トレで筋肉を作り、脂肪を燃焼し、備蓄してあった大事な脂肪を減らしていった。

えっ、いったい、いつまで脂肪を減らすんですか? こちとら、これから脂肪を溜めるんですぜ。いつまでこんなバカなことを続けるんです? 小麦粉をください! 炭水化物をもっとください! 脂肪が減っていくぅ~!

減量途上で、私の体は幾度となく抵抗を試み、脂肪が減っていくことへの警戒を強めていったように思われます。そして、ついに、減量に成功した時、バラ色に喜んでいた私の「心」とは逆に、「体」は絶望のおたげびを上げていたのでした。

あー、もう、ダメだ! こんなんじゃ、私は私の人生を歩んでいくことができない! こんなに脂肪が減って。これ以上脂肪が作れない人生なんて! あー、死んでやる! もう生きていくことができないっ。死んでやるっ!

思えば、マックスで減量に成功した2015年に、私の体のレジスタンス闘志たちは、必死の覚悟で地下に潜り、レジスタンス運動を開始したのでしょう。

それがどんな作戦をとったのか、おそらく近代科学の知見をもっても、解明されないでしょう。

私の「体」は、私の「心」の命令に背いて、脂肪を減らすことをやめました。代謝をぐんと落として、食物が供給されれば、すばやくそれを脂肪として蓄え、決して手放すことをしません。どんなに筋トレしても、どんなに有酸素運動をしても、決して脂肪を減らしません。

レジスタンス闘志たちは、苦しい時の経験を糧に、いかなる状況も乗り越えるすべを手にしたようです。供給量が減らされても、決して備蓄を減らすことなく耐え忍び、たまに供給量が増える時は、全身全霊、脂肪の備蓄に努めました。

そして、2017年末の「小豆島バイキング料理の乱」で一気呵成に態勢をたて直し、ついに、生来のライフコースに記されてあった体重&体形を、勝ち取ったのでありました。

2018年1月、レジスタンス闘志たちが勝利したことを、ここにお伝えしたいと思います。

私は私のままでありたい!

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

勝利宣言に喜ぶ「体」に対して、「心」はげんなり、です。

これまでの人生が走馬灯のように、思い浮かばれます。

結婚当初、ダンナと一緒にでかけたスーパーで、小学校以来の同級生にばったり出会った時の事。

「あっ、コモ!? わー、お久しぶり! えっ? ダンナさん? わー、おめでとう! 私は結婚して、それから、子どもができて、うんぬんで、かんぬんで。 あれ、(と、視線をやや下に向けて)、おめでた?」

「・・・。」

あー、そんな二十数年前のことが、思い起こされます。

私はあの時、どんな腹をしていたのでしょうか。

(言うまでもありませんが、私が本当に「おめでた」になったのは、その十年ほどあとのことです)

現在の私に、「おめでた?」と言うような人はいないと思いますが、そう言われてもおかしくはない状況が戻ってきました。そう言えば、私は昔から、脂肪体質だった。特に腹回りが。

そんなことを思って、ちょっと「心」が納得しかけるのですが、いやいや! 一体あの減量作戦はなんだったのか? あのダイエットの日々はなんだったのか!? 「心」がどうにも納得しません。

今度は、「心」のレジスタンス闘志たちが立ち上がりました。

減量によって、「体」は代謝を抑えるすべを身につけた。ただでさえ、加齢とともに代謝が落ちる。それなら、代謝を助けてやればいいのではないか!

こうして、世の中に「代謝を高めましょう!」というスローガンが氾濫することになるのですね。

私の「心」を捉えたスローガンは、

<食事の糖・脂肪の吸収を抑えます>

Calolimit_3
<日常活動時のエネルギー代謝において、脂肪を代謝する力を高めます>

1日4粒で代謝が高まるなら、喜んでっ!

・‥…━━━☆・‥…━━━☆

しかしまぁ、これが1袋2800円もする代物でさぁ、だんな。

しかし! メルカリでは、これが2000円くらいで出品されてるとくれば、封印してあった「メルカリ中毒」も炸裂しようってもんです。

気が付けば、『大人のカロリミット』がどしどしと送られてきて、「心」はようやく落ち着きを取り戻すのでありました。


20180131

どんだけー!

これはむしろ、「心の飢餓状態」と呼ぶべき状態かもしれませんね。

いやいや、そんな憐憫に浸っている場合ではないのです。

「心」と「体」の闘いは、今後もしばらく続くことでしょう。

つづく。

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